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木村君出展 「書のときめき展’11」  福岡アジア美術館 H23年6月20日

16日から21日まで福岡アジア美術館8階交流ギャラリーで「‘11書のときめき展」が開催されました。16日に寄川、高田で、20日には関夫妻、中村夫妻、高本、稲永、小西、で見学しました。

中国古代文字をモチーフに大胆繊細に感性を表現した書であるように感じます。

それは書を通じて作者の内面を表に出す芸術のようでもあります。

素人目には読めない文字が多々あり、解説を読んで理解します。まるでアートのような書が印象を強くします。

文字の持つ意味を作者の感性で描いた書が力強く美しく見る者の直観にアートのように訴えてきます。

感性の表現力が問われる書でもあり、木村君の内に秘める表現力、感性が見える書展でもありました。人柄も再確認させられます。

 

書展見学の後は久しぶりにA級グルメ、和食処「恵比寿堂」に集まりました。

亭主が提供する拘りの料理にお酒、満足の逸品ばかりでした。

女性は別にしてテーブルに着いた男性4人はお酒を飲みながらたいらげると言うのが適切なのでしょう。出てくる料理を魚にダジャレのシリトリ、一度ダジャレが飛び出すと止まりません。格調高いダジャレの中にも意味を聞かないと理解できない強引で無理なダジャレがあるのもらしさだったように思います。閉まらない止まらないA級グルメでした。


最後は「おおとり」で締め。

いつも気軽に立ち寄れる場が有難く思います。

明るい雰囲気が昔のカクウチと違います。気軽にお酒を買って仲間で飲めるのが最高です。時々常連客も仲間に入ります。お酒が取り持つ縁です。

木村君は書展の案内から2次会までお疲れさまでした。2度もお礼の言葉、温かい気持ちが書に表れている。

 

                                                                            takata


21回生登山シリーズ第一弾 宝満山  H23年6月18日
ホームページで募集した宝満山登山は大浦、行實、寄川、3人での登山となりました。
参加予定だった田所さんが怪我で、中村夫妻が当日の天候で脱落しました。好天に恵まれた気軽なハイキングとは行かなかったことは残念です。でも福岡市民に親しまれる登山コースをトリオで決行できたことは次に繋がります。山頂で入れたコーヒーの味が格別だったようです。
健康のためにも中高年の登山ブームに乗り遅れてはいけません。無理はしないのも健康で長生きの秘訣かもですが。

写真は行實君の携帯で

宝満山に登ってきました。
大浦、寄川、行實の3人です。
10時に太宰府駅集合で、いざ出発です。かまど神社を過ぎて登山道の途中に車を止めました。
霧雨ですが登山道は、木々の葉っぱが傘がわりになってくれます。
1時間半で頂上につき美味しく昼食をいただきました。
頂上の岩場からくさりを伝って降りるコースは、雨で滑りそうなので、安全な周り道コースを取りキャンプ場に行きました。
キャンプ小屋の軒先のテーブルで、大浦君特製のコーヒーを3人で飲み、元気回復です。
下山コースは、キャンプ場からの迂回コースを取り、雨で滑りやすくなっている石段を慎重に降りて行きます。
大浦君は、さすがに足を鍛えているようで、軽やかな足取りで石段を降りていました。
登山の最後は、やはり温泉です。
四王寺の中腹にある、「グランティア太宰府」のさらっとした湯につかり、今日の汗をさっぱりと流しました。
また、この企画があるときは、皆さんの参加をお待ちしています。

                                                        行實



18日、朝10時過ぎ登山時は小糠雨、昼過ぎ下山時は土砂降りと、中波大波の旅となった。
一週間に一度は奥さんと宝満山を謳歌している行實君、天候に合わせたコースの選択、難関な箇所での的確な注意と抜群の
Navigatorの役割を発揮した。

 大浦君、登山時はヘビースモーカーの影響か、荒い息遣いと四つん這い体操とか表しての石段上りと、先導者の務めを成し得なかった。が、下山時には攻守所を変えて、高校時代の宝満山駆け下りトレーニングの賜物とかで、軽快にリズミカルに降りて行く姿は山岳部の片鱗を見せつけた。

 小生は、上りでは週1020kmのジョギングにて先導の役割を果たしたが、下りでは小生のみ4回滑った。20代後半の暴飲暴食で痛めた古傷の膝の弱味を露呈した。

 下山後は、立派な温泉施設で体を休め、運転の大浦君には悪いが行實君と一杯復一杯で小旅行の感慨に耽った。

 退職して故郷に戻り丁度一年になるが、吉田君とは福岡・佐賀の各ロードレース大会でのハーフ或いは10kmでの完走と健康を讃え合い、今又行實・大浦両君Navigatorを通して登山の小旅行を満喫できるのは感謝感激だ。

 高校時には全く接点がなかったものの、半世紀・還暦と風雪を経た学友達との交流には学ぶべきものが多々ある。諸士も是非ともロードレース・ハイキング・「おおとり」…等に合流されたし。

 併せて、行實・大浦航行案内人、宝満・久住・雷山…へのNext誘いの旅企画方宜しく。

 

                                             平成23619日  寄川


H23年度筑紫丘高校同窓会定期総会・懇親会  H23年6月4日

21回生は9名が参加しました。
左から服部、岩本、篠原、前田、佐々木、他に大浦、城戸、稲葉(吉田)、高田。
7組佐々木君は昨年に続き、篠原君は単身赴任の山口からでした。

定期総会も回を重ねるごとに賑やかになってきている雰囲気がします。
当番回生の努力と苦労の賜物でしょう。結束力と絆が改めて問い直される機会でもあり、良い効果を生んでいるのかもしれません。若い人たちの姿が増えてきているの印象的でした。
34回生の当番お疲れさまでした。

上右の写真は米寿の記念品贈呈、稲葉さん父が真ん中でした。
下左の写真は卒業生の応援団、隣は34回生から35回生へタスキが渡されるところです。
下右の写真は2次会の「おおとり」で元校長亀岡さんと、同じ寅年で和気あいあい最後までお付き合いしていただきました。

左は同窓会から義援金の領収書です。

総会と懇親会は盛大でした。懇親会のざわついた雰囲気は年代に関わらず同じなのでしょう。
卒業生が一堂に会する年に一度のお祭りかもしれません。
21回生のテーブルは先輩の19回生、20回生と一緒で小さな円形テーブルを分け合いました。
立食形式のパーティ、色々あるものの置き場所がなくコップを置くと誰のか分からなくなるほどでした。
でもそんなごった返した雰囲気が総会なのかもしれません。
21回生も事前の連絡がなかった佐々木君、岩本君が参加してくれて9名となり賑やかな雰囲気で過ごせました。
佐々木君も退職して再度F県の職員として再就職、岩本君も現職でいます。
紅一点の稲葉さんは昨年に続き父の付添、3人だけの還暦を祝えました。
篠原君は退職して山口県の団体へ単身赴任、関西同窓会支部長は後進へ譲りました。服部君も退職して嘱託で継続です。
新たな道を歩み始めた人達ではあります。決して多い人数ではありませんが、こうしてお互いの環境を語り合える機会でもありました。
また城戸君の奥さんは来賓席にいました。教え子に囲まれて楽しそうな雰囲気もみられました。
8時過ぎに終わった総会、そうかいなどと洒落を言って解散するには早い時間、「おおとり」で2次会です。
岩本君が元校長の亀岡さんを誘い、大浦、篠原、高田、の5人でビールを飲んでいると寄川君がやってきました。
早速会計、銘酒を手配、退職して気配りが行き届くようになりました。
銘酒と6人の同級生が揃えば気持ちは若いけどジジ臭い?話題に事欠きません。
「おおとり」2階にいる大連出身の日本の大学で医療を学びたいという留学生の女性が来ると中国語が飛び交いました。
亀岡さんは大連生まれ、篠原君も少し会話、寄川君はまるで同郷でした。
夢がある目が綺麗な良い子の前ではオジサンも良い子になります。
いつの間にか11時、良い子(良いオジサン)は電車に乗り遅れず帰る時間です。
気軽に立ち寄れる「おおとり」があることを感謝です。

21回生で募集した義援金を同窓会へ寄付しました。
集まった金額は54,000円です。寄川、高田、田中(昭)、服部、高本、増田、行實、松本(收)、小西、田所、以上10名がらの義援金です。
振り込んでいただいた方へ心からお礼申し上げます。



第20回筑中・筑高同窓会ゴルフコンペ開催のお知らせ
日時:H23年10月19日(水)
場所:小郡カンツリー倶楽部
プレー費:11,000円、参加時:4,000円
申し込み締め切りは9月30日(金)、幹事は24回生です。


農家ガーデンパーティ H23年4月29日
12:30に17名が揃い始まりました。
女性が焼き役になり、男は飲み食いだけ。いつの間にかごく自然に役割分担ができました。
ちょっと座っていたらそうなりました。
心地良い季節と好天、屋外の庭で5時間以上過ごしました。
座敷に上がるのが遅れて帰ってくれるのかと心配になりましたが、物分かりがいい友人たちなので心配はしておりませんでした。帰れと言ったか記憶に曖昧ですが・・・
遅れて駆けつけてくれた増田君、木村君は呑めずゆっくりできず残念でした。
多くの仲間に集まってもらい楽しく過ごさせて頂きました。
初めての招待に少しは気を使いました。
バーベキューの道具は揃ったので宝の持ち腐れにはしたくはないと思っています。

これを御縁に気軽に立ち寄ってもらえれば幸いです。

ゴールデンウィーク初日の29日に大野城市にある牛頸ダムを周回する「大野城いこいの森ロードレース」が開催され、寄川君が10kmへ出場しました。

当初は5名くらいでという希望もありましたが、一人で出場となりました。

結果は膝の痛みもありまずまずの成績だったとは当人の弁です。

まずまずとは普通、平均、中間あたりのことを言うのだろうとは走らない者の考えることです。還暦にしては元気が有り余っていると思いますが、まずまずの成績でそこそこの満足だったようです。

レース後、慰労を兼ね地元の高田宅で12時からバーベキューパーティをしました。

牛頸に集まるのは初めて、不便さはありましたが、寄川、服部、大浦、小西、田所、藤井、関夫妻、稲永夫妻、木村夫妻、行實、松本、谷川、城戸、増田、以上の19名が集まりました。定年後書道教室を開いたばかりの城戸君は後輩の奥さん手作りの筍ご飯を、稲永夫妻は筍の煮物、他には魚の燻製や日本酒・焼酎・ウィスキーなど食べきれない飲みきれないほどでした。ご厚意有難く思います。

前日までの風も収まり好天に恵まれ絶好のバーベキュー日和になりました。

心地よい季節にバーベキュー日和、何もかもが上手くいって良かったです。

初めから天気だけは上手くいくようになっていたのかもと思われてきます。

きっと集まった仲間がいい人ばかりだったからかも。

1時間早く来て手伝ってもらったり、焼いてもらったりでご婦人がたにはお世話になりました。男は飲んで食うだけ、寄川君の口癖?「女は誰に嫁いでも、皆後悔する」の一面が出たようなものです。今更気にしても始まりませんが、感謝でしょう。

粗末な農家風の佇まいでささやかなもてなしに皆満足したかどうかはわかりませんが、素朴な里の雰囲気は感じ取ってもらったのではと思っています。

お酒は多くもなく少なくもなく、ほどほどの量が出ました。

居心地が良かったのか半数は午後7時近くまで残り、泊まりたいという人もいましたが、丁重にお開きにさせていただきました。

定年後の良き仲間に支えられて地元で良き人生を過ごしたいと思っています。

集まっていただいた仲間に感謝しています。

 

写真撮影、松本・行實。

新たな人生をスタートした人   H23年4月22日

1、校長を定年退職して農業を始めた谷川君
左から2人目

2、故郷福岡へ両親の面倒をみようと帰ってきた
横矢君(真ん中)と退職したばかりの神代君(左)
上は退職後昨年から南阿蘇に移り住んだ川上君、稲永、高本、山崎、高田の4人で4月18日お邪魔しました。資格試験を受けて見事合格しても今のところ畑作りに精出しています。

左は2月26日に鹿児島に移り住んだ大野君宅を関、高本、高田の3人でお邪魔した時の写真です。
奥さんの両親の面倒を夫婦でみています。
海の見える家、畑も始まっていました。
1、は4月13日に博多区祇園町の「中華屋台」に集まった写真、谷川君が久しぶりに参加でした。
高校の校長を退職して畑づくりを始め、田を借りて稲作に挑戦します。以前の職場から応援の依頼が時々あるそうです。

2、は横矢君が福岡へ帰ってきたことがわかったので同じ9組の神代君を誘って岩谷君の「ちょっとU」で。二人とも退職したばかり、長年務めてきた疲れをいやしたい気持ちが強いようです。本当に久しぶりで楽しく過ごせました。姿に変化があるようでないような識別可能範囲でした。
H23年年頭の挨拶と新春の書 H23年元旦

23年新年挨拶

 

明けましておめでとうございます

去年は還暦同窓会を開催し又東京でも同様の会が行われ区切の年となりました。
これから定年やその他で時間が余る人も増えてくる事でしょう。
それで同窓会が活発になるのか、低調になるのか分かりませんが
会としては長く、楽しくやって行きたいと思っています。
どうぞこれからも盛り上げて下さい。

幹事一同 大浦敬規 



あけましておめでとうございます

今年の干支は(うさぎ)です。
兎の穏やかな様子から家内安全、跳躍する姿から飛躍を表わすそうです。
新しい年もまた良き年となることを願い、城戸君の新春の書を贈ります。




高校の教師として書道一筋に歩んできた城戸君、今年定年退職します。区切りをつけて新たなスタート、円熟味を増した変幻自在な書に思いは込められたでしょうか。


木村君新春の書

力強く逞しさを感じる表現力と感性、
優しさと包容力を併せ持つ人柄、
今年の書は飛躍を感じさせます。

新たな環境と境地なのでしょう。
今年もまた12月30日に「勝手忘年会」 H22年12月30日 清川「一刻堂」

故郷に帰る人がいて故郷で待つ人がいる

毎年変わらず30日に会う友人、「勝手忘年会」を開催しました。

帰ってきた人、高木、福嶋、安永、待つ人、石橋、関、高田、田所、服部、森實、9名で今年最後の忘年会をしました。

年の瀬、博多の街は雪も降る寒波到来で凍えそうでした。

少人数ではありますが、いつも温かい雰囲気がいいです。

毎年やっているとこれが終わらないと年を越せない気持ちになります。

年に一度1230日に会う仲間、自分で言うのもなんですが、とてもいいです。

今回は他に里帰りしそうな人に案内をするのを忘れました。

毎年1230日に開催しています。里帰りをする予定があればお忘れなく是非ご参加ください。お待ちしています。

1次会は清川の「一刻堂」でした。

9名が揃いましたが、写真を忘れました。

地元の食材を使った手頃で美味しい料理が若い人に人気の店です。

オジサン,オバサンも高校時代に若返ったり現実に戻ったりで楽しいひと時でした。

2次会はお決まりの「おおとり」へ。

帰省の3人は初めてだったそうで、30日でもここに集まれて喜んでくれました。

途中で写真を撮るのを思い出し、またやっちゃったでした。

服部君と森實君が帰った後でした。

来る新年は使命を忘れないことが使命となるでしょう。

平成23年はうさぎ年、皆さまの益々の飛躍を願っています。

良き年となりますように・・・



H22年 21回生忘年会   H22年12月18日


左上の写真左から木村、須河内、大浦、阿部、結城、松本、藤岡、小西.
左下の写真左から寄川、増田、関、森實、前田、山口、吉田、赤司、それに田所、高田、以上18名の参加でした。
幹事の大浦君、服部君、小西さん、今年一年ご苦労様でした。

遅くなりましたが、同窓会で幻のショートコントとなってしまった藤岡君の脚本を下へ掲載しました。
高校時代に全国に名を馳せた演劇部の部長が藤岡君です。
役者が揃えば次へ期待も膨らみます。
脚本を見て我こそはと思う人がいれば手を挙げて下さい。

人生は劇場です。役を演じ切りましょう。
貴方なら出来るかも・・・

この冬一番の寒波をものともせず21回生忘年会が開催されました。
寒波と共に一緒にやってきた須河内君、至って元気、熱気に包まれた忘年会となりました。本当は寒さに弱いリュウマチですが薬と気力でカバーしております。
まだまだ現役で頑張ります。
パジャマ姿、いやトレーニングウェアで現れた寄川君、吉田君と共に各地のマラソンに出場を重ねて気力体力充実です。引退しても益々盛んなのは恐れ入ります。
他に関君、森實君、山口さん、田所さんが引退して今のところ悠々自適?な生活のようでした。
今年は還暦同窓会がありました。
今年から来年定年を迎える人が大半です。
人生の節目、皆元気な姿で会えて良かったです。
今年一年ご苦労様でした。還暦の年を良き仲間で締めくくれました。
良き仲間がこれからの人生を豊か暮らす一助となることでしょう。

Merry Christmas



同窓会の余興にと期待が大きかったショートコント、配役に手を挙げる人が少なく没になりました。
還暦の頃の歳になると他人の脚本に乗りたくない気持ちが強くなるのかもしれません。
でもたまには他人が書いた脚本に乗ってみるのも面白いと思います。
個性と能力に豊かな21回生だから。
H22年同窓会総会    H20年6月5日

            壇上で還暦祝いの紹介をされる21回生
左から服部、平田、田所、関、城戸、木村、稲葉、高田、前田、松本(博)、佐々木、赤司、
稲永、行實、松本(收)、藤岡、中川、小西、

  テーブルに集合した21回生

一つのテーブルに22名が集まり、料理飲み物が所狭しと並び、飲み物や箸が誰のやら、賑やかな立食でした。
壇上に並んだ18名、不足の5名は大浦、増田、吉田、篠原、大取君です。
大先輩、後輩が出席した今回の総会は大盛況でした。21回生はちょっと先輩の位置にいるようです。
当番の33回生も50名は超えているようにみえました。強い絆がありますね。お揃いの赤いTシャツが躍動して感じが良かったです。

写真は全てストロボOFFで撮りましたのでボケているのもあります。ご容赦願います。

右初めて参加の中川君(10組)

右の女性は父と参加の稲葉(吉田)さん(1組)

右2番目初参加の佐々木君(7組)

記念の扇


次回当番の34回生

松本兄弟を囲んで

那珂川で隠居中の元校長日下部さん

還暦は煙草と縁を切る別れ道、禁煙煙草?

おおとりへ参加した野口君と寄川君

ピアノを披露する篠原君

それではと木村君もピアノを披露


福岡の21回の同期のみなさま
 

今回はじめて福岡の同窓会に参加させてもらいました。
卒業以来40年を経過しようとしております。旧知の友達や初めて会った同期と再会すると、不思議なことに一瞬で高校時代に戻ったような感覚になりました。

高校の時は面識の無かった大浦君は大浦親分と呼ぶに相応しい男気のある人物と拝察しました。
一方、幼友達である服部・吉田両君は、本当に体はガッチリしているのに、お酒が全く駄目と知り意外な感じでした。

それにしても服部君がこんなに皆のため尽くしている姿は頼もしく感じました。
小西さんは一度中学の同窓会でご一緒しましたね。いつも前向きな姿勢が素敵ですね。

高田君は「縁の下の力持ち」的存在で、昨年からメールで色々なお願いを聞いてもらっているからか、思ったとおりの人物だとの印象を持ちました。数々のご支援を下さり、本当に有り難く思っております。これからもよろしく。

同じクラスに成ったことがある、赤司君、関君、田所さん、中川君。懐かしかったです。中川君、同じ3年10組の東君も兵庫県薬剤師会で活躍していますよ。

一年の時に畠中先生のクラスだった?赤司君、大人の風格を感じました。
二年で同級生だった田所さんの三味線は一度聞いてみたいです。

同じクラスに成ったことがない、城戸、木村、稲葉、前田、松本(博)、佐々木、稲永、行實、松本(收)、藤岡の各君。でもHPで見ているせいか初対面の感じがしませんでした。21回生のHPの御蔭です。委員の皆さま、ありがとう。
………………………………………………………………………………………

野口君が、同じ税理士の友人が亡くなったので、喪服のまま「おおとり」に参加してくれました。「あす告別式で、弔辞を読まんといかんので文章を考える時間がいる。お前に会えて良かった。」。 サッと来て、サッと帰りました。本当に義理堅い男。

「おおとり」に移動後、同窓生の一人がお亡くなりになった話を聞きました。
その方は、人間不信に陥っていたけど同窓会へは感謝の言葉を残して他界されたとのこと。

「顔見知りでなくとも、どんなに傷ついても、いつも福岡の同期は待とうけんね!
帰って来たら、いつでも温かく迎える環境ば作っておくけんね」。
「皆がこのような気持ちでいるとよ。心が通じたとよ。」小西さんの言葉です。

このような同期の会にしたい、という皆さまの心を代表しておりますね。
この言葉がどんなに嬉しかったことか!心に沁み入りました。

そして大浦親分の出番。俺の気持ちやぜ!!「人間到処青山有」を紙に書いて文字にしてくれました。
意味分かるや!「〇〇××」の意味やぜ。篠原!分かるや!
一瞬何のことかと!!  「!〇×???!!!…△!」 。

男児志を立てて郷関を出(い)ず、学若(も)し成る無くんば復(また)還(かえ)らず」   
福岡の実家を出るときに家の黒板に書いた詩だと思い出しました。

すると寄川君が、王維の詩を原語で暗誦し始めたではありませんか。
その中国語の発音の綺麗なこと。(私は中国語を知りませんが!?)

渭城の朝雨 軽塵を潤し客舎 青青 柳色新たなり
君に勧む更に尽くせ一杯の酒 西のかた陽関を出づれば故人なからん」

高校時代に学んだ漢詩です。なんと心憎いほどの演出でしょうか!

すると、関君がすらすらと歌い始めました。

妻を娶らば才長けて みめ麗しく情けある 友を選らばば書を読みて 六分の侠気四分の熱 」。 

どんどん関君の口から詩と歌が流れてきます。関君達の情に感じて、それからというもの皆さんそれぞれに、熱い思いを歌に託して自分の思いを表現されました。

突然、校歌を歌おうと誰かが提案しました。

これほどまでに皆様の熱い思いを受けておきながら、ここでお返しをしないと男じゃないと思い、久しぶりにピアノに向かい校歌を弾きました。
一番を何とか弾き終わると、2番も弾け!との声が上がり弾き始めることになりました。
指が、つかえつつも何とか弾き終わりました。

 すると書家の木村君がピアノに向かい、滑らかに弾き始めたではありませんか。
あれは誰の曲か?ショパン?その音色は玄人はだしの感がありました。
下手な私と雲泥の差!! ああ!?

このようにして贅沢な時間は過ぎてゆきました。
歓待してくださった皆様の事をもっと書きたいのですが、記憶が歳相応に衰えております。
この辺でお許し下さい。

福岡の21回の同期のみなさま!有難うございました。
これからも宜しくお願いいたします。

篠原より





第10回21回生還暦同窓会へ向けて第1回幹事会を11日(金)18:30〜 高宮のアミカスで開催します。
 幹事以外の21回生も歓迎します。
 当日は同窓会の計画などについて皆と活発な意見交換を期待しています。
 奮ってご参加お願いします。

                                           21回生幹事 大浦、服部、小西


総会参加者23名

今回の総会は初顔あり遠来ありと賑やかに過ごすことができました。
親子で参加、兄弟で参加もあり総会ならではの雰囲気、還暦も祝い記念の扇もいただきです。
還暦祝いの儀式に大浦、増田、吉田、大取君がちょっと一服の隙に始まり全員が揃わず残念。
参加して折角の記念の祝いを逃して悔しい思いでしょう。
大阪から参加の篠原君は関西支部長としても参加のため忙しそうに動いていました。
2次会の「おおとり」で歓迎にも参加とお疲れさまでした。

「おおとり」では8月の寸劇の報告もありましたが、原稿を「おおとり」に忘れましたので紹介はちょっとお待ちください。
また、8月の同窓会までの幹事会日程などもご紹介します。
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