今を生きる 2020-(2)

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令和2年10月開設



昨年10月に始めたこのページも、続々の投稿で活況です。
コロナ禍は拡大を見せながらも、一報ではワクチンなどの予防策も可能になる日が見えて来ました。明けない夜は無い!と言います。
高齢者に仲間入りをした我々も、閉塞感の中で、知らず知らずのうちに「人とのつながり」を、今まで以上に求めている。
それが昨年の投稿記事に感じられます。今年もこのページを「人とのつながりの場」として、何かの時に「ホッ!」と出来るように
編集を続けたいと思います。 本年も宜しくお願いします。。

※ 面倒臭がらんと、ちょっとでもよかけん、なんか報告くれんね!名前を
  公表してほしく無ければ書きません。
  投稿者に、コメントを返しても、場を盛り上げます。



第26便  関君を中心に、福岡の今日を生きる。
第27便   明日香路散策と葛城山 福嶋君感想記
第28便   岩本君から、第26便へのコメント
第29便  WEB 飲み会!
第30便   ある1日、珠玉の8時間
第31便  つくばから 2020年師走 高山君
第32便  令和2年 最後の速歩会 麺処 かわべコース、鳩宿君
第33便  令和2年 最後の速歩会に寄せて、寄川君から
第34便  令和3年第1便 大阪在住同級生(女性)より投稿
第35便   令和3年 最初の「歩こう会」
第36便  故郷の雪景色
第37便  日本の医療体制は??
第38便   懐かしい店が、、、西日本新聞1月9日
第39便   掲載記事への反応
第40便  関君から、エッセイ的雑文の報告
第41便  関君を通してー寄川君投稿
第42便  以前のページをネットサーフィンした。(編者)
第43便  関君からのエッセイの続き
第44便  歩こう会 我が別荘(鳩宿君)
第45便  WEB飲み会 試験的に挙行
第46便  博多弁考
第47便   博多弁考 追記
第48便   「歩こう会」 博多豊一コース
第49便  第2回 21回生WEB飲み会
第50便   編集者からの報告とお願い




50便
編集者からの報告とお願い


報告1: 第49便のWEB飲み会のビデオの視聴回数が以下になった。(2月19日時点)
     WEB1:57回
     WEB2:26回
     WEB3:31回
結構、見てくれている。掲載して良かったと思っている。
今後も 同様の企画を続けたい。
同窓生は500人近くいる。出来るだけ多くの人への情報周知を考えます。

報告2:この「今を生きる」のコラムも、お陰様で、第50便になった。
インデックスも50行と長くなり、興味ある話題を見つけにくい。
そこで、第51便から、新しいコラム「今を生きる(2)!」として、
再スタートさせます。 正に 2021年、この苦難の年を、どう生きるか!です。
宜しくお願いします。
 ※ 勿論 現在の「今を生きる」50便までは、サイトに残しますよ。

御願い:同級生の「コロナ時代をどう生きているのか」をテーマに始めたこのコラムだが、
 たくさんの同級生からの投稿で50便まで来て、活況を呈してきた。感謝です。
 しかし、全体的に投稿者が偏り過ぎていて、他の同級生の動向などがうかがい知れない。 
 いつもHP見て楽しんでいるよ、という連絡は貰うのだが、元気にしているのかどうかも
分からない。
 こんな時代の、我々高齢層の年代が「これほど共有できる場」としては、この21回生のHPは
 非常に「特異」であり「得意」である事は、皆も承知してくれていると思います。
 故に、盛り上がりながら存続して行く為に、もっと幅広く情報を集めたいと願ってます。
 そこで、切なるお願いですが、

1.ZOOM飲み会を、色々な形で広めて行き声を掛けますので、是非積極的に参加して欲しい。
 ※ スマホで、メールやラインで招待メッセージを受け取れれば、スマホでも参加できます。
 
2.掲載に対する感想や、近況などを送ってください。
面倒かも知れないが、
「あの記事良かったよ、私は毎日、ウォーキングをして元気に暮らしてます」とか、
「これからは、毎日の日課として・・・・をやって楽しもうと思ってます」とか
「毎日 代り映えせんけど、どうにかやってます」
など、簡単でよいので、お知らせ頂きたい。匿名にしたければそうします。
上部にある、メール、携帯メール、ラインでもよいので、何か連絡ください。
是非とも、お願いします。

3.言わずもがなですが、常連の投稿者の方々には、なお一層のご協力をお願いしておきます。
     
      
今までは、「何かあれば掲載する」でしたが、この閉塞感の時代は 「何があるのか」を積極的に掲載し、共有して楽しみたいと思います。 何かのご協力を切に期待しております。





第49便
第2回 21回生WEB飲み会

2月6日(土)18:30より、第2回目のWEB飲み会が開催された。
相当数の同級生に声をかけたが、最終的には14名(高鍋夫妻を考慮すると実際は15名)の
参加となった。
第45便での報告のように、少人数では大丈夫だが、大人数ではどうだろうか?との心配も
あったが、非常に楽しくて結局3時間くらい、飲みながら話していた。 
15名でやってみて良かったなと思う点は、「普通の飲み屋での15名での飲み会では、席が
離れている者とはなかなか親密に話せない、こっちで発言しているのに、遠くの席では聞いてない、
等のもどかしさもある。しかしWEB飲み会は、席の距離に関係なく15名全員で一様に話せること」



今回は、3時間あまりの飲み会を録画した!

※編:録画を出来るだけ短く編集しようとしたが、3時間という長さと、録画ファイルのの大容量で、編集と
YOU TUBEにアップするだけでも、長大な時間がかかる事が分かったので、諦めた。
そこで編集せずに、3時間を、3つに分けて、1時間毎そのまま3本 YOU TUBEでの「限定公開」をした。
限定公開とは、下記のURLを知って居る者しかアクセス出来ない設定で、一般の人が検索しても
探せない、見れない、そういう公開方法です。 21回生関連以外の知らない人に下記のURLを教えない
ようにお願いします。下記のように掲載しました。 (各録画 1時間程度)

1) WEB1   https://www.youtube.com/watch?v=j5CagQg7dK8&feature=youtu.be

  
6時30分の開始が待ちきれず、案の定6時くらいかの参加があり、最初は、高田君、福嶋君、
  瀬戸口君、棚田君、多田君で始まり、多田君が瀬戸口君が同じクラスだった事を知り、
  え~~っと言う事で、確認の為卒業アルバムを見ながら、あれこれ確認する画面から始まる。
  その後、参加が相次ぎ、田所さんの参加時スマホでの参加の為、画像は出るが、音声が出ない
  というトラブルもあったが、それも解消。 この録画では、高本君の参加までが入っている。


2) WEB2  https://www.youtube.com/watch?v=WBYFxAkJsys&feature=youtu.be

 
 話は続くが、最後に関君が参加した。


3) WEB3  https://www.youtube.com/watch?v=CpYROHVe_M8&feature=youtu.be

※ 映像がアップされたとき、終了近くの状態でアップされたので、画面の下の進行を示す「赤いバー」
  を最初に戻して最初から見て下さい。すみません。

    話は尽きないが、約3時間でお開きにしようと言う事で、今回の飲み会は終了した。


最終的参加者は、高田君、福嶋君、瀬戸口君、多田君、本吉君、高本君、中村(純)君、
田所さん、飯田さん(神子)、高鍋君、高鍋夫人(笠)、高木君、谷口君、関君、棚田君、の15名

全編見ると、かなり長い映像だが、少しづつ時間が有る時にでも、何回かに分けて、
飲み会に参加した気分で、見て楽しんでくれれば、幸いです。
 
スマホでも出来ることが分かったので、今後は「地域限定」でも企画して、同様の飲み会を
もっと沢山の友へ呼びかけて行きたい。
4月から始まるであろう我々世代へのワクチン接種が始まっても、重症化しないと言うだけで、
感染しないと言う事ではない。まだまだ予断を許さない状況が続く。
そんな閉塞感の中、少しずつでも映像を楽しんでもらえれば、幸いです。





第48便
『歩こう会』 「博多豊一(ベイサイドプレイス博多)コース」

「歩こう会」の毎月第一金曜日のゴールは“Hakata Bay Side博多埠頭”の海の幸「博多豊一」だ。
コロナの発生前は、博多の名所旧跡・神社仏閣・旧名町・旧電停...等を2時間快足探訪後、
当店にて美酒佳肴を満喫した。
今は、13:00に「博多豊一」に天神・西・其他組が参集して、
博多湾・玄界灘のとれたての生鮮魚介類と全国の銘酒を堪能している。

2000年の港町、1000年の貿易港、蒙古軍侵略の最大の国難に立ち向かった雄姿、戦後の最多の
引き上げ者の皆様の艱難辛苦...等に思いを巡らす。

今日の道のりは、Parco天神集合~呉服町~福岡サンパレス~博多港国際ターミナル(Queen Beatle
博多港引揚記念碑)~ベイサイドプレイス博多(豊一)

「ベイサイドプレイス博多」と「博多ポートタワー」

             
                    『福岡市渡船場(志賀島・玄界島航路)』
                望郷の思いはるかな故郷も港町思い出させる 汐の匂い

 

                       『博多豊一』   
コロナ禍前は、大陸の女性の人気スポットで女性の姿が多くみられていた。

今は、三蜜や、場所の心配は御無用。生鮮魚介類が豊富で、新鮮で、刺身、握りのネタなど、なんせ、大きく、
分厚い。握りオール百円。それでも鮮度が命の店。季節もののヤリイカもあった。

店員の素朴で心温まるもてなしにも、やっぱし「博多は最高!良か!」と皆と異口同音に幸せを噛みしめている。
◆ヤリイカ下足天は、お替りするほど旨い。熱々で身が厚く、食べ応えがある。(\380-
◆アジフライこれも身が厚く新鮮で寄川君の定番つまみ。(\250
◆季節ものでは、さわかにの素揚げ(\280-)が稀有で絶品。
「食べてみんと、わからん!わからん!」
※編:食べたかよそこで、飲みたかよ博多に帰らんと食べれん!!  くそ クソッ!! くそっ!!!

「博多豊一」入口と握りずし

  

           博多港引揚記念碑とQueen Beatle
 

※編:緊急事態宣言下、すし屋に行けない、寿司屋で飲めない、スーパーの寿司はネタが薄く、乾き気味、
海鮮は潮の香りがしない、「寿司、海鮮好き」の私には、家で飲んでいても満たされない。
これは、世の中最大の「不公平」
私のお袋も満州からの引き揚げ者、日本の地を踏んだ時の事を聞いても、あまり話してくれなかった。
満州に居た時より、引き揚げ自体が大変で、日本の地を踏んだ以降の方がもっと大変だったようだ。
釜山・博多のBeatleも私が韓国との往来をしていた頃は、こんな立派な船ではなかった。古来、海外との
玄関口であった、福博の街は、他の地と違って特異な歴史を刻んだ街である。
「我が故郷」は、まだそこに有る、我を待っていてくれている。年を重ねると、故郷への郷愁が強まる。






第47便
博多弁考(追記)

関東在住の同級生どうしの会話

◆確かに、私も以前帰省した時に、親父から「お前の博多弁な、おかしかぜ」 と言われた事がある。
  「気取っとる」と。
◇私も言われたことある。関東弁でしゃべる、博多弁かな~~~?
◆「なん艶つけとうとや!」とも言われたかなぁ~~、自分では、分からんやった。
◇私も、小学校の頃からの友達に、「艶~~にして!」と言われて、なんでね?と思った。
◆ちょっと、一抹の寂しさを感じたのを覚えている。博多の人間でなくなったような気がして。
◇そうそう、そんな感じがする。ばってんくさぁ、地元の連中には分からんやろうね。
◆そらそーくさ、福岡離れた事なかったら、こげな感情分からんやろね。
※ などなど、数人から「懐かしか~~」とコメント頂いて、博多弁考も反響があった。

第46便
博多弁考

文責:棚田

地元の者は普段意識しないだろうが、福岡を遠く長く離れている者は、博多特に博多弁を強く意識する。

たまに博多に帰っても、駅などでの若者の話す言葉や、久し振りの友と話しても、小学・中学・高校の頃話
していた、「あの博多弁」は聞こえてこない。啄木の、「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に
そを聴きにゆく」 も昔になってしまったのか。

関東の同級生同士が同窓会で話すと、少しは博多弁が出るが、すべてが博多弁ではなく、標準語か、
イントネーションが九州っぽい標準語である。詳しく聞くと、妻と夫どちらとも博多の人間であれば、
家での会話の基本は博多弁だが、長年関東に居ると、標準が多くなり、博多弁がぎこちなくなる、との事。
うなずける話である。

地元の同級生も、昔我々が使っていたような博多弁は、普段しゃべってないと思えるが、どうだろう。
かなり標準語が含まれるのではないかと推測する。地方人として、また方言として、博多人は所謂標準語に
馴染みやすく、それを使う事にためらいはないと思える。都会を任じていると思える。テレビニュースでの
インタビューを聞いていても、そう思う。特に福岡はその傾向が強いと思われる。ばってんなど、そうそう聞けない。

しかし他の地方の人は、結構その地方の方言でしゃべっている。関西、東北、北陸、、、、。

先日 用あって福岡市の教育センターの若い人と電話で話をした。完璧な標準語である。私が博多出身と
分かっていても、である。最後に、なんで博多弁をしゃべらんとですか?と聞いたら、このような役所の
仕事をしていると、他の人と話すときは極力標準語を使うようにしている、との事であった。構わないので、
博多弁でしゃべってみて、と言ったら、しゃべり始めた。私もつられて、しゃべった。しかし、同級生と話して
いるような、昔の懐かしい感じがする博多弁ではなかった。


何年か前、お客様の若い方と話していたら(東京弁)、「・・・・・・ そいでですね・・・・」と言ったのを
聞き逃さなかった。最後に 「博多の人ですか?」 と聞いたら、「えっ!分かります? まだ訛りがありました?」
 と聞かれたので、「・・・そいでですね・・・と言ったので気が付いた、それは 博多人が良く使う繋ぎ言葉で
、他県人は使わない」と言ったら 驚いていた。ちなみに 大濠高校だと言う事。

年を重ねると、停車場のなつかしい訛りを聞きたいとの思いが強くなる。地元の者には分からないと思う。
どこの出身?と聞かれると、今でも「福岡県人、博多の人」と答える。

先日鳩宿君が、博多弁が載っているかわいいカレンダーを送ってくれた。言葉が小さいときのものだったので、
懐かしかった。この紙面を借りて紹介する。故郷を遠く、長く離れている者にとって懐かしい響きだろうと思う。

◆また、たまたま「博多弁」とネットで検索したら、色々と載っていた。「博多弁考」の資料としてPDFに言葉だけ
まとめたので、見て欲しい。我々があの時代使っていた博多弁、「知らない博多弁」もあった。興味深く読めると思う。
地元の者でも、懐かしく感じられる部分もあると思う。緊急事態宣言での圧迫感で、こげな事でもしとらんと、
毎日が、いっちょんちゃーらん。皆と共有したい。
故郷に、そを聞きに行こう!


        

どうか、よか年になるごと、、、      これつかいんしゃい、       はなより だんごばい  
                                                           
                      はぁ~さいこうばい                そうくさ

        

ひゃ~あ たかか~ぁ          あんしゃん、はよはよっ    みてみて、これよかろ? よかね

      

どうか、よか年になるごと、、、      これつかいんしゃい、       はなより だんごばい  
                                                           
                      はぁ~さいこうばい                そうくさ

        

ひゃ~あ たかか~ぁ          あんしゃん、はよはよっ    みてみて、これよかろ? よかね

      


ゆめのごたる・・・
           あいたっ しも~たっ         やっぱ うまかっちゃん!


      

みてん、なかなかなか月ばい!  おーきゅうなったねぇ      ね、ね、つららとっちゃってんっ


  博多弁考PDF

クリックして、もっと博多弁を!


みんな、緊急事態宣言下、どげんしとう? たまには こげな記事でもよかろうもん。



第45便
WEB飲み会、試験的に挙行

第29便では、WEB飲み会風の報告をしたが、23日の土曜日に試験的にやってみた!
関東地区と地元の中で、ZOOMで対応できる人に声かけて、試験的に行われた。7時からの案内で
あったが、待ちきれず、6時半から実質的に始まった。飲み会だから、もちろん 手元の酒を飲み
ながらである。
ZOOMを知らない人は、「テレビ会議」を想像してもらえると分かりやすい。
画面のスナップショットもあるので、想像してください。
集まったのは、地元:高田君、本吉君、中村(純)君、 広島:松浦君、 関東:福嶋君、多田君、棚田君、
終わりごろ参加の高本君。8名。 高山君は都合がつかず、飯田(真理)さんは、途中からの参加だったが、
都合がつかなかった。 どういう感じか、スクリーンショットで紹介しよう

 松浦君


    福嶋君      

 多田君



          

     画面共有という方法を使って、ホームページにある、クラスの写真やクラブの写真も見ながら、
     他の同級生の当時の話など、多様な話題で盛り上がった。

6時半から始まった、WEB飲み会は、最後の参加の高本君を待って、結局3時間もあれやこれや、しゃべっていた。
話した内容は多岐にわたり、報告は出来ないが、実際の同窓会の飲み会と同じで、通常は会えない地元と広島・
関東の友との久し振りの邂逅が実現したわけで、話は尽きない。
  試験的に挙行したわけだが、結果的には大成功だった。

今後は、地元と関西、他の仲間も参集、話題を決めて濃い話、等々計画は進行する。いや進行させる!
この閉鎖的な世の中で、まるで飲み会に寄り集まってワイワイと言った、「日頃の当たり前」が、自粛の
沈んだ気持ちを高揚させてくれた。 以下は参加者からのメール。 何故大成功だったか分かると思う。

皆さん 長時間の同級会、お疲れさまでした。福岡、広島、東京を同時に結ぶテレトーク、
70年生きてて良かったぁ~、文明のリキに参加させていただきありがとうございました。
初心者の私を導いていただいた皆さんに感謝、高田君にも感謝、昨年、筑志会開催ができず、
モンモンとしていた私でしたが、これで、少しラクになりました。次回の予定、計画・・・?待っとぉけんね。

昨夜は失礼いたしました。昨日高田君からのメールを見て返信したので、てっきり今日だと思っていました。途中から慌ててかみさんに
用意して貰いバタバタしましたが、参加できてよかった。現況や今までやってきた事、色々な人の高校卒業以来のその後情報等々を
聞けて良かった。あっという間に時間が過ぎてしまった。またの開催を心待ちしています。次回は一人で準備できるようにします。
(かみさんが出た方が良かったかな?)またよろしくお願いします。

私も参加して良かったです。特にマー坊(松浦 勝君)のお顔を52年振りに拝見できたのが大変嬉しかったです。多田君は私が
九州に帰る時、東京駅まで見送りに来てくれたよね。34年振りかな。後は最近(10年以内)の飲み友達ばかりだったね。高山君と
飯田さんの参加がなかったのが、ちょっぴり不完全燃焼。またやろうね!

昨夜はパジャマで乱入し、失礼しました。まだZOOMのセットアップもやってなかったので、高田君と本吉君にハッパをかけられ、
ソフトをインストールしながらの参加となったため、パジャマでオジャマとなった次第です(失礼の段、お詫びします)。しかし、
短時間でも懐かしい人と話もでき、楽しかったです。次回からは酒も準備し、ちゃんと参加させていただきますので、よろしくお願いします。

昨夜はミーティングにご参加いただき、ありがとうございました。メールでの開催案内に日付を入れなかった混乱も
次回から注意します。なんとか、とりあえず21回生で使えることも分かりました。8:30 から入場してもらったので、
晩酌も含め3時間以上ちびりちびりやりながらで、ちょっと飲みすぎたかな。コロナは終わりが見えないので、
また違った場のzoomでもOKです。

いや~zoom楽しかった。皆さんありがとうございました。

いろいろ世話になりました。おかげさまで何十年ぶりのみんなのご尊顔を拝見し話題も尽きなく当時の自分に戻ったような若々しい
気持ちになれました。とはいえそれぞれの顔にはみなさんが生きてきた白髪としわが出ていましたね?まあ古希を迎えているので仕方が
ありませんね。またこのような機会がありましたら是非参加させていただきたくコロナで大変な時期ですがご自愛し元気でお過ごしください。

昨夜は楽しかった。あまり話したこと無い本吉君とも話せたし、純ちゃんとも久し振りの会話だった。3時間近くで、
少し飲み過ぎたかな?でも心地よい酒だった。皆、ありがとう。
HPに掲載しようと思ったら、鳩宿君、関君からも
掲載依頼が来て、「嬉しい限りです」掲載、楽しみにして下さい。


これから、もっと多くの同窓生が参加できるように、 参加できなかった人も、録画で見れるように計画してゆきます。 ご期待下さい。





第44便
「歩こう会」 我らが別荘コース(鳩宿君)

「我らの別荘(百道浜無料休憩所)コース」

毎月第三金曜曰1300、に天神・西・其他組が三密を避けて参集する。当施設は、ベランダに2テーブル、室内に5テーブル、
各テーブルに3椅子&清潔な更衣
室、洗面所が備わる立派な建物だ。夏、外気温が30度を超えても、我らの別荘は博多湾・
玄界灘の自然の涼風を受けて最高の避暑地と成る。現厳冬下でも、博多湾玄界灘の荒波・百道浜の砂浜・厚い灰色の空が
調和して絶景かな、絶景
かなだ。昔と変わらぬ大自然を眺めながら各自が持参した飲食を味わい、半世紀前に共に過ごした
同窓生と健康を祝し人生を謳歌して心身共に温まる。正に
至福の一時だ。母なる福博の町・筑紫路の大地、父なる博多湾・
玄界灘の大海
で暮らす幸せは何物にも代えがたい。今日の道のりは、Parco天神集合~赤坂~場内~大濠公園北側~
黒門~地行浜に着く。

               

『都会の喧騒を忘れさせる場所』
      

地行浜「海つピーチ」と「志賀島」、              『福岡タワー』(日本-の海浜タワー)  
「能古島」。平日のため、人がいない?         1989年のアジア太平洋博覧会(通称:よかトピア)
                         に合わせて建設。みんな、その当時、何ばしよった?

  
              深呼吸しよう 浜辺で!


   

        ①                      ②

   

        ③                     ④

① コロナ感染拡大を予防する新しい
生活様式、密閉、密集、密接の三蜜は、ここでは無用論。
② 早速、セッティングの準備に取りかかる。先に着いている寄川君が筑前ねりもの「小林蒲鉾店」の竹輪、
  ウズラの玉子のテンプラを取
り分けていた。「手作りでおいしんだなあ~」
③  小西さんの自家製のから揚げ、イクラのいなり、イカの煮つけ、さつま芋とザートが盛り付けされた。
  ささやかな美酒佳肴に欠
かせない肴。小西さんに感謝!
④  ドイツ白ワインとチーズで乾杯!5年物の「高級紹興酒」と福島の日本酒「廣戸川」で、話が盛り上がる。
   身近な話から、TVの4K,8K、中村医師のアフガニスタンの治水事業、関君の気概など・‥・

晴れ。ベランダはヽ日陰だが、ぽかぽか陽気でのんびりできる癒しの場所だ。
くつろぎのある空間で、2時間30分。極上、‥・「春の海 ひねもす のたり のたり哉」の句がぴったりと
思うのは私だけか
な?walkingで汗をかき、メンバー同士、健康で、四方八方の話ができ、出かけて、
四季を感じ刺
激をもらえるのがこの会の魅力

残り少ない人生を、仲間と健康で忌憚のない時間を作り楽しみましよう!
 「面白き こともなく世を 面白く すみなすものは 心なりけり」  (完全退職 2年目のつぶやき)


  




               

※編:百道辺りの浜の風景がすっかり変わり、中学の頃西公園の下の浜で、上りカレイを投げ釣りで釣って
いた頃の浜ではなくなってしまった。しかし、写真を見ていると「風の香り」がするようだ。投稿ありがとう。






第43便
関君から、エッセイ的雑文の報告(続き)
第40便で報告した、関君のエッセイの続きです。

ズッコケ4人組の事件簿・・・    「ワインと人妻」  下

おおとり酒店は、あくまでも酒屋であるが、ここでお酒を買って飲むことが出来る。所謂「かく打ち」屋でもある。
つまりお店のお酒が値札の値段で日本各地の銘酒が飲める。で安く飲めるお店でもある。ここの主人も高校の
同級生で、少し変わっていて店の1番良い場所ゅうには葉巻が置いてある。それもキューバ産のものやパナマ産
のもの等かなり高価なうえにその種類も豊富である。一時は新聞や週刊誌等に掲載され有名になったが、葉巻
など煙草は30歳で止めた小生には興味が無いが、愛煙家の間ではこの店の存在は、おおいに大都市福岡の面目躍如
との事。である。

この店にはピアノとギターが置いてあり、ピアノやギターに興味がある酔客が、自分なりの音楽の世界を楽しんでる。
自由にどちらかでも小生が弾く事が出来るなら、もう少し変わった人生を迎えたかもしれない。ピアノは調律が長年
されてないので少し音が合わない部分はあるが、それさえ我慢すれば立派なピアノであり、酔客にとっては充分である。
 ギターは近くの病院のM先生の持ち物である、勤務が終わった後の気分転換と、疲れを取るのに「おおとりの酒」
とギター演奏、それと歳が近い小生たちとの会話が最高に楽しいとのことである、
先生は九大医学部出身で小生より
一歳年下で、島原出身のM先生は麻酔科であり、酒の肴は大丸デパートの地下食料品売り場より。

小生が外科手術を受ける際には必ず 立ち会いをしてくれるとのこと、頼もしい限りである。
英国の諺に「人生には困ったときに、信頼できる友人が三人必要である。それは弁護士と銀行家と医者である。」と
・・・、演奏者は一般の酔客を始め、近くの病院の看護師であったり、先日はメキシコの留学生がギターを弾いてたりして,
歌声酒場に変身する事も多い。

話を戻そう、おおとりでは最初にドイツの白ビール「ヒュウガルデンの生ビール」を皆で飲むことにした。
白ビールが来ると人妻二人は驚いた顔をして、「これ本当にビールなの?」から始まり日本各地の銘酒を飲み、
その奥深い味わいに頬を次第に赤く染めて行った。小生は人妻に言った「清酒とはライスワイン」と。その意味を
十分理解し頷いた。人妻の一人がピアノの先生と言うので曲をリクエストする。早速「神田川」・「エリーゼの為に」
ほかをピアノでひいてもらった。

彼女のお子さんは4人組の高校「が丘」の後輩で、現役の高校生だそうだ。連れのもう一人の彼女は、家で飲むときは
夫婦でもっぱら焼酎とのこと。その飲みっぷりのよさには驚くばかりである。
この2人、酔ってもユーモアのある会話は途切れず、お酒の楽しみ方も知っており、やはり立派な大人である。

とし坊がお店のお酒を持って来てはベルギービールは何故世界でも有数の醸造所があるのか?から全国各地の銘酒等の
説明をまだしている。話題を変えるとかしないところがとし坊である。とりあえず最後まで責任をもって送って行くとの
ことで一安心であるベルギーではなぜ 多いのか?それは修道院で造られるからである。

そうそう残り2人の人物評伝の続きがあったなー、たか坊とトミーである。
たか坊は、真面目で子煩悩なおじさんで、珈琲と煙草ガ大好きで彼の焙煎したコーヒー豆は知る人ぞ知る最高の一品である。
愛煙家であり煙草をやめられない。真面目な愛妻家である彼が、時としてドキッとするような事を平然と言い放す。
街を歩く時すれ違う女性を見ては、ときどき「いいね~~」とか、奥さんは昔ハウスマルカンで職場結婚、現在でも
卓球の名選手である。彼の趣味は多彩であるが熱しやすく冷めやすい。日曜大工教室で、椅子とテーブルを師匠である
友人A君の指導で作成するともう半年で通わなくなり、しばらくすとる今度はキーボード教室に出現、演奏練習に熱心で
あったが今はもう休止中である。

最後にトミーの人物評伝、ケンジに言わせれば【農学部文学科卒】と言うユニークな言葉でトミーを表現する。
また見栄っ張りで、何故か分からんが高年齢とともに、いつしか「病気のデパート」と言われ、病院の診察券が10枚以上
持っているとの事。農協勤務をしていた為に、色々な事象や議論について、切り口豊かなあるいはシニカルな論評が多いようだ。
万年青年で「男はロマンチストであれ。」を標榜している。酒が好きで女性が好きで人生をこよなく愛して生きて行く。」
兎に角付き合いだけは豆に顔を出している。全て奥さんの手助けがあればこそである。 感謝・感謝の日々である

         ズッコケ4人組事件帳    ワインと人妻・・・おわり

※編:面白かった、関君ありがとう。 とし坊はあいつだな、、、トミーはあいつだな、、なんて「にゃっ」と想像しながら読んでいる同級生の
顔が目に浮かぶようだ、これからも、大変だろうが、面白い投稿お願いします。

 


第42便
以前のページをネットサーフィンした

相変わらずの緊急事態宣言継続、医療体制の崩壊報道などの閉塞感の重圧の中で、
友との交信は一服の息抜きであると感じられる。

関君の文や、寄川君のコメントなどを見て、改めて昔のページをめくってみた。
皆も、もう忘れているだろう、少し書き出してみる。 

8回目同窓会のコメントに、こんなのがあった。

2組 庄島(洋)君から

人生は山坂多い旅の道
  還暦 六十才でお迎えの来た時は
     只今留守と云え
  古稀 七十才でお迎えの来た時は
     まだまだ早いと云え
  喜寿 七十七才でお迎えの来た時は
     せくな、老楽これからよと云え
  傘寿 八十才でお迎えの来た時は
     なんのまだまだ役に立つと云え
  米寿 八十八才でお迎えの来た時は
     もう少しお米を食べてからと云え
  卒寿 九十才でお迎えの来た時は
     そう急がずともよいと云え
  白寿 九十九才でお迎えの来た時は
     頃を見てこちらからボツボツ行くと云え。

我々が若いときの70歳の人たちは、「老人」という言葉に違和感なしの正に老域の人たちに思えたが、
今の我々は「まだまだ」の気持ちを持っている。お互い、長生きしよう!


関君の文の中の福岡の高校三校(修猷館・筑紫丘・福高)校風比較文化論。

これについては、以前寄川君が知り合い・同級生などの他校性のコメントを集め掲載している。
それを参考に、バーチャルな座談会を開いてみた。

本文は「その他のページ」
7、人生を何倍も楽しませてくれる試みに乾杯 に載っている。

http://chikushigaoka21.greater.jp/kanpai.html

筑高A
お久しぶりです。今日は、鹿児島ラサールや、大分上野が丘などの有名校もあるが、福岡の高校三校
(
修猷館・筑紫丘・福高)校風比較と言う事で、話をしたいと思います。
まず修猷館から見てどう思うか発言を御願いします。

修猷館A
そうやね、修猷館は自由な雰囲気の中に文武両道で、世のため人のために使命感を持ち、一人ひとりが
哲学的人生をつくす校風だと思う。
福高はライバル意識が強い反動で、人類愛、民族愛、県民愛、地域住民愛、母校愛等々、博愛精神旺盛
な校風の印象だな。
その点、筑紫丘は、バランス感覚が得意な第三の道を選択し、伝統と権威にとらわれないスマートな
優等生が多いという印象がある。

筑高A
我々は、3校の中で、3番目という評価に甘んじていて、先生方は、修猷、福高を追い越せ、追い越せ!
という感は強かったと思うが。

福高A
福高についていえば。今でも思い出しますが福高入学直後、担任の先生に、旧制福中時代から諸先輩が
頑張って今日の福高を築き上げてきた歴史の重さや、 九大合格者数で修猷館に負けたらいかんとかの
話をかなり熱い思いを込めて聞かされました。

筑高A
そうそう、九大合格者数で競争しとったもんね。福高は九大合格者数で、あまり筑高を意識せんやったと?
修猷館との戦いやったんやね。

修猷館A
九大合格率もあったが、我が高の同窓会は、妙なプライドが有って硬い。
実際3年間ずっと男女クラスだが、教室の真ん中で男と女に分かれていた。
机に向かって一心不乱で、3年間全く相互に会話が無かった。何か寂寥感だけか残ったよ。

筑高A
なんか、話聞いたら寂しかね。筑高は、大学進学も大事やけど、質実剛健さは持っていながら、
クラブや組み換えなどを通じて、仲間意識を強くしていった感じがあるけど。

修猷館A
一番面白いのは、同じ中学出身の個性派集団で、二次会、三次会と遊びでは常に盛り上がって行く
ところがあった。その点筑紫丘は、和気藹々の雰囲気でなかなか良いと思う。

福高A
九大合格者数は、えらいこだわりやったね。ばってん、あんまり格好をつける奴とか、ガリ勉タイプは
評価せんやったもんね。少数の附属中学やら西南中学の出身者は、お坊ちゃまに見えたことを今でも
覚えとる。全校集会ではいつも風紀委員長から「おまーちは、福高生やろーも!! それでいいと
思うとうとか!?もちーとちゃんとしやい!!」とかよう言われたよ。

福高A
うちは、金持ちの子弟は少なかったね。
親が糟屋郡の農業・川端の商売人・職人香椎・千代地区の中小企業のサラリーマンとかが多かったね。

筑高A
私らは、出身によって、群民、市民という分け隔ての言葉はあったが、それが付き合いの中で
影響することは全くなかった。まあさっき言われた、和気藹々の雰囲気は強かったと思う。

福高A
2年生の時に長髪を認めるか否かで生徒総会でかなり論議が沸騰しましたが、 学生の本分を見かけ
でも維持すべしと主張する丸刈り強行派もかなりいました。
確かに「バンカラ」的な雰囲気が強かったような気がするね。
それで男クラスが多かったし、男女交際をしている奴も少なかったような気がします。

等々のバーチャルな会話に、別の意見もあるだろうが、なんかこんな雰囲気やった、というのは
昔を思い返して、感じられるのではないだろうか。
凄い量になった我々HPの、昔のページをめくってみるのも、自粛生活のいら立ちを和らげるのに、
役に立つかも知れない。




第41便
関君を通して - 寄川君投稿

高校の頃、月隈の地主関家の収穫後のもみ殻を軽トラに積込む作業を二度手伝わされた。
その後、関家の皆さんと一緒の夕食は、まだ豊かではなかった時代に、手作りの出来たばかりの豊富な
料理をたらふく食べさせて貰った。10代最高のご馳走だった。高校を卒業してからは、30代の頃に一、二度
東京大手町の九州系の居酒屋で関君と何人かの同窓生と飲み交わしたくらいだった。小生が50歳で福岡に赴任
して以来、関・稲永両君、大浦・小西・服部同窓会幹部等を中心に親しい付合いが始まった。関君は、難病を
患っているにも拘わらず、21回生の集いに全て参加する気概には皆が敬服してきている。旅と言えば、
関・稲永両君と呉の『男たちの大和』『退役の潜水艦見学』、関夫婦・中村J家族…等との『本場佐賀牛を味わう』、
稲永夫婦・木村夫婦・小西さん・関家族・寄川の航空機ビジネスクラス・タクシー・高級ホテル・高級レストラン・
高級…の『台北大名旅行』、関夫婦・高本君…等との朝倉被災後の筑後温泉…等等、想い出に残る美酒佳肴と
良き友との旅を数々楽しんだ。

稲永・岩本・関・高田・安永・故結城…等等、筑紫丘の卒業生には農家の子弟が散見される。我が筑後の嫁さん・
福岡熊本の県境で山また山の平家落人伝承の地親父、春日神社の真向いの地頭の地お袋と、皆「()()実」
を共有している。小生にとって、横浜・大阪・東京の20年間の生活は生計の為であり、昭和30年代を彷彿させて
くれた北京・大連と退職を迎えた宇部は「土の香り」を身近に感じて生き生きとした時代を過ごせた。

やはり、他校の『ハイカラ』、『バンカラ』よりも、今も筑紫丘の「朴実」をこよなく愛している。

※編:確かに、我々筑高は「ハイカラ」でも「バンカラ」でもないな。「朴実」とは筑高生よりも、君にびったり
    かも知れない。 ロマンチストの関君との、よい対比だね。
    私も大連は大好きな街で、どちらかと言うと、こじんまりした風情と、南には無い、これでもか!
    と言う、皿いっぱいの料理と、美味しい海鮮と、人々の親切さが忘れられない。
    浜海路を渡った会場での毎年の世界のビール祭りは圧巻。




第40便
関君から、エッセイ的雑文の報告

謹賀新年 

本年も宜しくお願いします。そして今年こそは 皆様にたくさんの

良いことが訪れますように。

     ズッコケ4人組の事件簿・・・「ワインと人妻」上

いつものズッコケ4人組(けんじ・ とし坊・  たか坊 そ.してトミー)が博多駅近くの
ワイ
ン試飲会会場のホテルに午後3時に集合する。トミーは新米10kg抱えてホテルに入る。
すると とし坊が女性2人を連れてさっそうと歩いてくるではないか。
われら3人は一瞬目を
疑った。皆で試飲会に何度も行ったが、奥さん以外の女性を連れてきたのはと坊」が初めて
あるとし坊が楽そうに喋りながら一緒に歩い女性
は、40代中ばの美しい人妻である
後でわかったのであるが、とし同じ地域で子供会の役員をされている方々だそうだ。

特に驚いているのが自称国際プレーボーイで金髪ハンターの独身のケンジである。自由人
て中国語と中国女性をこよなく愛し学び、天衣無縫のその行動力に驚かされる。
それでいてこよなく酒と本と西鉄ライオンズを愛する義理がた
い頑固者、ひと昔前の日本人である。
彼の提唱する福岡の高校三校(修猷館・筑紫丘・福高)校風比較文化論には、なかなか興味深い。
鋭い分析力とユニークな発想力があり、一度彼に比較文化論を聞いてみるのも良いかももしれない。・・・

今日の主人公の「とし坊」、彼ほど正義感の強い者はいないだろう。ときとして態度で表わし行動する。
電車で数人の高校生が座席を多くとり騒いでるとつかつかと高校生の所まで歩いて行き、
「どこの高校生か?」注意をて人の道を説く
のである
幅広い詳細な役に立つ?雑学と酒類についての
知識は素晴らいが、いったんしゃべりだすとマイペースでどまでも延々と話が続くのである
して酒瓶を見ると製品のラベルを、ただただハンカチを濡らしてゆっくりとラベルをはがし始める。
趣味のラベル集めも彼には重要な任務であるい。最近は地元の自治会の役員をていて、
自治会長活動方針やら日常の行動について大いに不満があり、そのため酒を飲むたびに荒れて、
我ら3人は大いにその不満のはけ口の被害者になるのであった。
1週間前にも4人で飲んだが、
自治会活動について議論しているうちに、とし坊昨日の地元での役員会での議論について大いに怒り、
声高にゃべっていたが、今日は人妻2人が居る大変静かで、借りてきた猫のように上品な紳士のとし坊であった。

残りの2(たか坊・トミー)についての人物評伝は「その2」で記載することて、人物評伝はれ位に
てそろそろ本題に入ろう。

ワインの試飲会が始まる、女性達はとし坊の優く滑らかな説明に頷きながら白ワインに始まりは、
赤ワイン・スパーリングワインそてデザ-トワイン次々に出てくるワインを飲み干ている。
つまみはチーライスとパン、お代わり自由でワインが体中にだんだんと沁み込んで充満てくる。
とし坊は人妻2人に熱心に優くワインについて説明をている。ほんど私たちには振り向かない。
話は盛り上がり、午後5時前に6人でおおりに2次会へ行くことになった。人妻曰く「夕食の準備はしてきたし、
電話もかかってない、時間も早い、飲みに行う。」 タクシーを止めていざおおりへ・タクシーは黄昏の中に見えなくなった。 ・・・・
20147月下旬のある日の4人の出来事から。博多の田舎もん

続く

文字の大きさ等の調整をお願いします。やっと少し文章が書けましたのでよろしく。昔のメモ見たいなものから
エッセイ風に書きました。体が動かん


※編:字面とかそんなもん、気にせんでよか。立派なもんじゃ!これは面白い! 「その2」を待っている。
無理せんで、ゆっくりと考えてゆっくりと文章をつくり、メールしてくれればよか!

ありがとう、うれしか!




第39便
今を生きる、旅に出ようあの頃へ、掲載への反応

まず寄川君から

AAA型の棚田君へ
辛苦了!(中国語で ご苦労さんの意味)
HPの創設期の中村君?、創設期から今までも貢献度大の高田君、今は貴兄と詳細に分かりやすく、皆の明日に向けて
の糧となるだろう。いつも、時間を掛けてるだろうから、凄いね。大雑把の小生とは違うね。
アルバムの中で、排球部の稲永君、スマートだったんだね。高校入試の時に私学の排球部の特待生だったのは、
この写真を見ればうなずける。小生だけの写真は、全てのアルバムも破棄したし、一部の写真を除き殆んど捨てた。
過去には余り未練がない。今は、中国語・中国の本をばんばん捨てている。

福岡もコロナ最悪の数を更新中だ。それでも罹った時は罹った時で、極力三密を避けながら巣ごもりとは無縁だ。

1/121230 中央市民プールで初泳ぎ一気に1,000mクロール  その後は、西新の開店したばかりの満席の寿司店へ。
*席は一席ずつ空けていた。

1/141230 早良市民プールで1,200m  その後は、西新の居酒屋まん丸へ。
1/161400~1500 天神で中国語 1600 早良市民プールで1,300m  その後は、1800 西新の人気の満席の角打ちへ
*プールは常連ばかりで、1レーンを2人或いは1人で使えて、自分のペースで泳げるので楽だ。
満席と言っても、東京と福岡のラッシュアワーの差だ。東京では福岡の列車をラッシュアワーとは言わんだろう。
以上
ケセラセラ、楽天家のOOO型の寄川

※編:卒業アルバム掲載は大変だったが、その他の掲載はそんなに時間がかからない。見てくれて、
   楽しんでくれれば本望だよ。しかし、あの時代の稲永君がスマートなのは、当たり前だよ。
   皆、今よりはスマートだった。若かりし頃の体形を保っている人も居るだろうな。
   一番違うのは「腹の出方」。君の剣道部の写真も凛々しく見える。
   感染自体は、本来自己責任だから、自分で最大限出来ることをやって感染を防げばよい。
   ただ、私も知り合いが感染したが本人より家族が大変だったらしい。それにも増して
   ご近所の目が変わったと嘆いていた。
   我等、高齢者、ケセラセラで極力気を付けて、楽しんでくれ。

森住(沼田)さんから、(卒業アルバム、クラブを見て) 

ホームページ、お世話になっております。ありがとうございます。
文才もなく文学に詳しくもないのに 「文芸部」とは恥ずかしいかぎりです。
1組の山口恵美さんに頼っていました〜今も仲良しです。沢山のクラブがありましたね〜知らなかったです。

こんな世の中で、HPが一服の清涼剤になれば、嬉しいです。

福嶋君とのやり取り

風の時代カァ~。なるほど、考えさせられるねぇ!着眼点が素晴らしい。世の中の動きを俯瞰しているね。
ますますフェイクニュースに惑わされないように注意しなくてはならんね。自分の立つ位置をしっかり
確認しながら日常生活を送る事が必要だね。


・ まだ、沢山、卒業アルバムなど掲載した。部活はやっとらんかったと?

帰宅部だ。色々見て回ったが、結局入らず仕舞いだった。

懐かしい写真見たよ。クラブに入っていないとクラス写真だけなのは寂しいものだね。何かに入っておくべきだった。
友達も増えていたろうに。進路の考え方も変わっていたかもしれないし、一緒かもしれない。後で放射線技師になる
専門学校に行った友達の話を聞いて、そういうのも有りか~~と思ったのを覚えています。人生を左右する多感な時期に、
没頭出来るものを探していなかったなとつくづく思うね。

あの頃の自分に戻れて楽しかったよ。掲載をありがとう。

人は、あの頃ああだったら、今はこうなってたかもしれん、といつでも思うものだよ。それも、場合によっては
楽しい夢かも知れないね。私も卒業アルバムの写真を操作しながら、えっ、彼は、彼女は、こんなクラブに居たんだ、、
なんて昔に戻ったようだった。例えば、武部は美術部に移っているのに、私が剣道部の後に入った英研(ESS)の写真の
後ろに、ちゃっかり写っている。????私も色々な発見をしたよ。緊急事態宣言下では、そういう事も時間を使うのには
良いかも知れない。正に、旅へ出ようあの頃へ。



第38便
懐かしい店が、、、西日本新聞1月9日

藤田君からの報告、





西鉄福岡駅地下、確かナイルカレーの隣に店はあったような記憶があります。
学生時代によく食べましたね。15日が最終みたいなので、久し振りに食べに行ってきます。



第37便
日本の医療体制は??

文責:棚田

故郷福岡にも突然の緊急事態宣言、在福の友にも、今まで以上の手厚い防護策をお願いしておきます。
関東の友からも、悲痛な叫びが聞こえてきます。以下一部引用。

国民は、もう限界に近づいています。この緊急事態において、国・政府が早急にしなくてはいけないことは、
病院や医療関係者を増やすことです。国や地方自治体には、広大な遊休地(相続で得た物納地等)などを所有しています、
そこに医療・病院施設を建て(施工期間2週間も有れば可能のはず)、OBの医療関係者等を増加・充実させて行けば、
徐々にでも方向性が見えるはずです。国・政府が使うお金をそこに集中させれば、国民の不安が、少しでもやわらぐはずです。
コロナ感染者が、東京で、日々、1000人以上です。近々、2000人を超え、さらに爆発的に増えることでしょう。右往左往で
大慌てしている国・政府へは、誰がアドバイスしているのでしょう?緊急事態は、国・政府が対象者です。国民は自分たちの
生活を守るために必死です。国・政府は、相変わらず、「国民の命を守る」「国民の生活を守る」と、念仏のように唱えています。
言っていることと、実際は真逆。メッキがはがれています。仕事を失い、生活困難者を見放し、国民を、もがき苦しめさせ続けます。


それにこたえる形で、以下を返信した。(一部引用)

娘が出版社で編集や取材をし、結構ベストセラーも出しているようですが、先日フランスの医療従事者に話を聞くことが出来て、
それをFBに載せてました。その内容を読んで、高齢者の一人として
愕然としました。

下記ボタンをクリック


 



口直しのさわやかな話。

高齢者の我々も、それぞれ思うところがあると思う。世の中の1面を見た気がする。
こんな 気が滅入る話題の次に、編集者である娘の、さわやかな話題が私をほっとさせてくれた。口直しに掲載する。

【怒りの時代に出すべき本】 このあいだ、ある著者さんから「風の時代」ということばを聞いた。
そうなのね、いまは風の時代…なんだか軽やかでいいことばだなぁ。
ただ、ふと思った。いまは「怒りの時代」なんじゃないか…と。誰も彼も、みんなイライラしてる。健康とお金の不安が大きいし、
さまざまな自由を奪われたから。生きることにさえストレスを感じている。不安でたまらなくて、見えるものにも見えないなにかにも
腹を立てている。ひさしぶりに連絡をとった20年来の友人も、怒っている。「隣人がルールを守らない!」のだとか。この1年はずっと
腹を立てていたって。息子の親友のお父さんも、怒っている。「大幅に人が減らされて、仕事が終わらない」そうだ。彼自身もレイオフ
をおそれている。みんなの怒りが濃すぎてなんだかつらくなる。
これ以上、対立しちゃいけない。みんなが未来に目を向ける本を。誰かと誰かの対立を煽らずに、手を取り合える情報を渡したいなぁと思う。
風の時代、調べてみました!(今さらですが「これまでの「土の時代」はどんな時代だったかというと、「土」は文字通り、物や形あるもの、
経済などの象徴であり、人はみな「所有」することを求めた時代でした。約200年前の「土の時代」の始まりに起きたのが産業革命で、
それが行き着いたところが現代の大量生産・大量消費の世界であるともいえます。きたる「風の時代」は、「風」が目に見えないように、
情報や知識など形のないもの、伝達や教育などが重視され、人々は何より「知る」ことを求めていくことになると言われています。
つまり2021年は、「持つ」ことから「知る」ことを重視するように世の中の価値観が大きく変わる、時代の曲がり角なのです。」
わ~、なんと素敵な時代、教育も、知性も、持たない&縛られない(自由)も、突き詰めたいテーマです!

若い世代も 色々感じて、色々考えているな。


第36便
故郷の雪景色

色々な便りから、福岡の雪景色の写真を貰った。こんな福岡は何十年か見たこと無い。外様の私だけかも知れないが。
投稿者の名前を入れずに、雪景色写真を掲載します。

    
 

遅めの早朝散策に、東平尾公園に行きましたが、雪は残ってました。これから、冬型の天候が緩むそうです。
コロナに負けないで

 

 
休みに時々単独で朝倉の温泉に行っています。朝開店と同時に行くと少なくて助かります。
 素朴でシンプル、温泉もよく温まるので冷え性にはいいかな。道路は普通タイヤでも走れる状態でしたが、
 福岡近辺とは違う途中の雪景色が素晴らしい。家族に雪景色を誘うとついてこんとです。お互いに何も心配せんで
 いいけど。
 写真を送ります。温泉アプローチ、温泉から朝倉の平野(遠くに耳納連山があるはず)

※編こんな福岡、あまり見たこと無い。



第35便
令和3年 最初の「歩こう会」(旧速歩会)小谷酒舗コース

歩こう会、速歩会、アルコール会、種々の異名を持つ集まりが、令和3年1月早々開かれた。

辛丑(かのとうし)令和三年新春、外気温零下1.4度・室内温度4度、粉雪綿雪舞う路面積雪アイスバーンの故郷で、
「安くて美味しい博多」を満喫する。

18()1300、大名「小谷酒舗」に21回生が誇る海量hailiang・酒豪の四天王、稲永君・小西さん・
鳩宿君・寄川君が揃い踏みした。
先ずは、健康を祝して一杯、「ふるさとはありがたきかな」に感謝して復一杯、コロナが終息することを願って復一杯、
・・・一杯復一杯。会費は男2,000円、女・甘党1,000円で飲みたいほどに全国の名酒を味わえて、酒を引き立てるつまみと、
故郷ならではの至福の一時を過ごす。

  
歩こう会のディスタンス         「カンパ桝」から、 小谷酒舗のメイン肴のメニュー
貸し切り状態。さすが代表!       好きなお酒
肴を 他にも 缶詰、チーズ、乾きもの、、、色々
                    自由に注文する。

                  
                              
                              そう言えば、  去年の1211日 高本君も
                              至福の境地に至ってたな。 上は昨年の写真
 
                              

ただ、のんべんだらりんと飲んで居る訳では無い!1年の計、とまではいかぬが、今年への思いを語った。

小西さん「4つの習い事(ダンス、ギター、体操教室、洋裁)を継続して人間形成をはかる」さすがの21回生の
      ごりょんさん!

稲永君「旅をしたい。」但しカミさんが、海外より国内での要望あり。

寄川君「行きより帰りを注意してね」と娘さんより送り出される。年相応の飲酒を厳守しよう!

鳩宿君「コロナ禍(4月)での早朝散策(約6.5㎞)の日課を継続」しかし、12月から土曜日定休
 (齢に逆らえない?)

                       常連はどうした?  

田所さん「前の職場に、3月迄期限付きのレンタルで頑張っているので歩こう会はお休み」

岩本君「アルバイト先の学校で、去年12月コロナ感染者が出て、いかなる食事会も参加できないとのことで、
 3月迄歩こう会お休み」(感染予防の意識が日本の政治屋さんとは、月とすっぽん)


                     

   小谷酒舗店での和気あいあい!(小谷昌弘若旦那と一緒の写真もあったけど、華がある奥様の方がよか!)
 「棚田君提言の喜寿77歳まで、『歩こう会』『㏋』を続けよう!」で締めの乾杯!

今年の秋こそは、昨年不可と成った山紫水明・水墨画の地桂林へ皆で旅したいものと・・・。1500博多手一本、
皆三密を避けて帰宅の途につく。

『我が一炷(しゅ)の人生もまた未だ火勢の衰へを知らず *炷はローソクの量詞』の通り、皆、喜寿を目指して、
ますます意気軒高だ。


                         お知らせ
 1月予定】

115()1300我らの別荘(百道浜無料休憩所)各自飲食持参
122()1700高級割烹「鷹匠」でふぐセット&名酒・高級ウィスキー等飲み放題/2時間。会費7,000/
129()1300春吉「紅蓉軒」名物皿うどん&高級紹興酒等。男3,000/人、女2,000円。ビートルズグッズ
がある二階を予約済。以上、『通称:故郷歩こう会、別称:アルコール会』より

                        おまけ!

 

 

(1月8日 雪 10:3013:00青春の思い出 故郷の追想 ~

  福岡城潮見櫓
  観月橋から貸しボート乗り場とレストランボートハウス(2F花の木)
  浮見堂
  南側の日本庭園と大濠公園八女茶テラス(2020.9.2開業)

※編:高校時代は雪が積もった記憶はない。小学校の時に積もった雪で、雪だるまを作った記憶はある。
    コロナに加えて、福博の街は、久し振りの積雪。同期の中には転んでけがをした者もいる。
    中学の友人からは、昼過ぎ車で出かけたが、夜になって雪が凍って車を出先に置いて帰った、との
    メールがあった。関東は緊急事態宣言。自粛の閉塞感が飽和状態にまで来る可能性もある。
    首都圏での気の緩みが原因か、異常な感染増加に、我々高齢者は一種の恐怖感も感じる。 
    
しかし、故郷の友や、故郷の街並みを見ると「ホッ」する。下記の第34便の同期女性も、久し振りの
    故郷の雪景色を見て、幼かった頃などを思い起こしているのではないだろうか。
    以前、他県の人から「博多城ってあるんですか?」と聞かれて、????? 福岡と博多の違いを
    説明し、福岡藩だから、城は「福岡城」と説明したら、なんとなく納得しようだった。
    上の写真は、名前の説明が無くても、福岡の人間には直ぐに、福岡城、大濠公園と分かる。
    在郷の者には分からないかも知れないが、その「直ぐに分かる」と言った感じが、外様にとっては
    懐かしさの一つなのである。
    そんな、色々な場所にいる同期の者達の「憩いの場」になれるよう今年もHP掲載に頑張ってゆこうと
    思います。 今年も宜しくお願いします。
    寄川君・鳩宿君、投稿ありがとう。





第34便
令和3年 第1便 大阪在住同級生(女性)より投稿

皆様

明けましておめでとうございます。

福岡に帰ることが難しくなりました。

おまけに関西の集まりも出席することができなくなりました。

唯一、ホームページを見て故郷を感じています。

楽しい記事を読んでいるとホッとします。

このコロナ禍のなか、ご自愛くださいませ。


※編:明けましておめでとうございます。 HPを見て故郷を感じてくれるなんて、編集者冥利に尽きます。故郷に帰らんでも、
   束の間、HPで故郷に帰れるけん、じっと日常が戻るのを待ちましょう。頑張って下さい。
   コロナの収束が見えませんが、我々高齢者にはアフターコロナの世界が大変かも知れません。そんな時、慣れ親しんだ
   故郷を感じるHPを通じて、心を落ち着けて日常を淡々と生きて行けるように、編集も気を引き締めて進めます。
   本年も宜しくお願いしします。 

ーーーーーーーーー これ以下は 令和2年(2020年の記事)ーーーーーー


第33便
令和2年 最後の速歩会に寄せて、寄川君より

仲間達と「故郷福博の町・筑紫の地、快足二時間 通称歩こう会別称アルコール会」を立ち上げて
三年半に成ります。毎週金曜日の昼間に一日も欠かさずに、筑紫丘21回生の朋友と、悠久の歴史と
大自然を誇る郷土を以下の様に踏破して、『ふるさとはありがたきかな』を体感しちょります。

「博多初詣筥崎(はこざき)宮」「福岡初詣愛宕神社」「博多三社参り櫛田・住吉・萬四郎神社」
「福岡三社参り警固神社・若宮八幡・護国神社」「大宰府政庁跡&みかさの湯温泉と美酒佳肴」
「大野城・四王子山・水城の古墳飛鳥史」「百道(ももち)元寇防塁跡、麁原(そはら)山蒙古布陣跡」
「福岡城梅桜・福岡一望」「博多湾クルージン


グ&海の中道・志賀島」「官幣大社香椎宮、名島城跡」「博多旧町名巡り」等等。
今は、コロナの三密を避けて、第一金曜は博多貿易港、第二金曜は大名角打ち、第三金曜は百道浜、第四金曜は
中央ネパールカレー&ラム酒、第五金曜はグルメ店をゴールに、十三時迄に各自参集し一杯復一杯と人生を謳歌
しちょります。健脚に自信が有り、自己責任にて楽しむと。

※編:健康的なアルコール会?は他の地元同級生にも評価されていると感じ、外様から見ていると、同級生との絆、
と言うより同級生と共に生きて日々を楽しんでいる、、、と言った感じがする。地元巡りの場所も、
行ったことある所(もう何十年も前で忘れてしまったが)、地元出身でありながら、行ったこと無い所など、
この年になって改めて福博の故郷を思い起こさせる。健脚人ばかりでなく、その他の朋友たちとも楽しみながら、
来年も淡々と継続できる事を祈ってます。



第32便
令和2年 最後の速歩会(麵処 かわべ コース)

1226日、今年最後の速歩会、14時現地集合「麵処かわべ」にて行われた。
寄川君は自宅(藤崎)から城南線沿いに、故郷を満足しながら、なんと2時間かけて行實君は大宰府から
麵処かわべへ(天満宮の使者かな?)、一方、稲永君、鳩宿君は、12時天神Parco前で待ち合わせ、
水鏡天満宮~櫛田神社~住吉神社の三社参り、八百万の神に、速歩会の継続と21回生の健康を祈願する。


  
     水鏡天満宮                   櫛田神社             住吉神社

         

14時に遅れず 麺処かわべに、全員集合。
4人お少人数で、距離をとって着席、健康の話、家族の話、同級生の話題で尽きず30分オーバーの430分解散。
内容は、寄川君が、メールでおいおいすると思うのでここでは省略させてもらいます。

※編:寄川君、投稿待っとるよ!

ここでは、一つだけ
寄川君の新家族、柴犬の散歩に電動自転車(日本製、20万前後)購入の検討に入る?
自転車の選び方?メンテナンスとか?アクセサリーの有無?乗り方?
転倒防止に補助車は必要なかか?(転倒事故の経験者)
※編:補助輪付けた電動自転車、見たことなか
実際に利用している方は、寄川君にアドバイスを      補助輪付けた自転車で引っ張られる、柴犬君が、
                                        かわいそか!!!


      

これぞディスタンス!        先ずは、料理より先に乾杯(ビール、豊盃、一の蔵)
仕切ってくれて個室に変身!
     肴は、小鉢に筍の煮つけ、天婦羅盛り合わせ、カツとじ、
ストレス無し!         行實君の持ち込み健康に優しい?気持ちも優しか!バナナチップ、クルミ)


 

  川辺君が、食中酒として地元の酒日「能古」    川辺君調理場忙しく参加できず残念そう。
を差し入れしてくれた。場所の提供、       ※編:仲間を見捨てる、酷な客じゃのう!
予算の協力、その上にお酒まで。            川辺君、かわいそか! 
感謝しきれない!                   ばってん、酔った店主は まずいな。

    締めに仲間との「年越しそば」最高!

速歩会初めは、18日に小谷酒舗で!

 2021年 コロナ禍の中、委縮せず、ちょっとした仕掛けを加え、
                         楽しい年にしましょう!


※ 編:この1年、大変な世の中、良く歩き、良く飲み、良く食べ、良く語った!元気な証拠だよ。
     まずの目標は、このまま喜寿(77)まで頑張るぞ! 悠々と堂々と! よいお年を!



第31便
つくばから 2020年師走 高山 健

第30便は臨場感が満載でした。皆さんその後無事であった事を祈るばかりでした。
息を潜めるように過ごした一年でした。今暫くはこのような生活を余儀なくされるのでしょうが、
人との接触に気遣わなくて良くなる時が一日も早く来る事を願うばかりです。

300万年の間幾度となくこの種の疫病の中を生き延びた先祖を持つ我々は本来感染エリートだと
思っております。人類が疫病で途絶えることはないでしょう。しかし、20万年前アフリカを出立し、
食料を求め、疫病を避け大陸を移動して、今の秩序に至ったのでしょうが、もう移動して行く地は
ありません。残るは21世型鎖国しかないのかもしれません。それは、これまでのグローバルな
エネルギー、食糧、工業生産物、情報の世界的共有は残しつつ、物理的な人の往来を完全に閉ざす
ものです。深刻な地球環境問題と相まって、我々は何万年オーダーでの人類の在り様を選ぶ時に
至っていると言えるかもしれません。
とは言っても、最早ロートルの身。何かできるものでも
ありません。今暫くは
パドル持て良き自然の残照を噛みしめていたいものです。

※ 編:投稿ありがとう。
昨日、福岡の高田君とZOOMFacetoFaceHPの技術的な事などで1時間半も面談した。久し振りの対面で、
HPのほかも色々話した。楽しかった。次回は お互い飲みながらやろう、と言う事になった。(感染の心配なし)
 
今朝、福岡の鳩宿君からTELあり、金曜日の「かわべの会」の様子を送るので、掲載の要請。
福岡は 関東よりも活発で羨ましか。(外に向かって発散)

我々の(30便)の会は、少人数、家で、それぞれ感染させない、適度な距離で話す、等々の基本的な所を守り
ながらの久々の邂逅だった。本当に楽しかった。(内での発散)

こう見てみると、君のようにパドルを持って、良き自然の残照を楽しむような生活(個々人の生き方)、
或いは上記のように閉塞感に飽きて何らかの別次元を求めるもの、或いは何の連絡も交信もなく、ただただ
悶々と(しているかどうかも分からない)しているもの、ロートルにも色々あるようだ。

ロートルは 中国語の 老頭児(老人の意味)が語源だと言われているが、我々の若い頃まで使われていた言葉で、
懐かしい気がする。
今、正にロートルである我々がロートルと言うと少し自嘲的に聞こえるのはなぜだろうか?



第30便
ある1日、珠玉の8時間

棚田記

福嶋君の、明日香の旅の紀行文掲載前に、彼からメールが届いた。

『奈良から帰京中です。高鍋君と会ったので、「オーディオやBeatles談義に五月蠅いやつ、高本、棚田を
入れて少人数会をしよう。この指とまれで呼びかけてみるかァ~。」と話していました。場所等を企画して
連絡するそうですよ。』

自宅軟禁生活で、福岡地元の楽しそうな投稿ばかりを掲載していた私は勿論、高本君も大賛成で、色々と場所、
日取りなどに関してメールやり取りした後、高鍋君から「感染者急増中の時だから、私の自宅で昼からの
飲みながら談義をしよう」と提案があり、12月17日(木)昼12:00に集まる事になった。

兎に角、オーディオ、音楽に五月蠅い奴である者の、久し振りの集まりなので、高鍋君の前もっての提案で、
以下の話題で時を過ごすことになった。我々も異論が有るはずもない。

1.Beatlesのエッシャーデモ版とプロダクション版のホワイトアルバムのレコードを聞き比べて、再評価

2.キースジャレットの音楽の多様性の確認

3.オスカーピーターソン、およびウェスモンゴメリーの通俗的な衣装をまとった音楽の高み

4.12cmフルレンジ一発と20cmフルレンジにスーパートゥイーターを加えたスピーカーの音像定位の比較を通じた
再生音楽の感動

高本君も福嶋君も私も、それぞれ食べ物を持ち寄り、うきうきとした気分で高鍋君の自宅へ参集した。
居間に行く前に、手洗い、消毒は忘れない。

持ち寄り:高本(自分で燻製にしたスモークチーズ、明太子)、福嶋(シュークリーム)棚田(煮豚、ゆで卵の
糠漬け、タラ身の佃煮、すべて自家製)

高鍋邸饗応:ローストビーフ、ブリ大根、サラダ、生ハム、こだわりのプディング 等々盛沢山、主に高鍋シェフ
のこだわりの手作り、最後は真木子夫人作の炊き込みご飯とみそ汁)

真木子夫人を交えて、まずビールで乾杯。久し振りの「昼からビール!」、自粛生活で溜まった「澱」が、
喉を通して洗い流されるような「快感!」、昔、薬師丸ひろ子の(セーラー服と機関銃、だったかな?)のシーンで 
「か・いっ・か・ん!」と叫ぶところに色気を感じたが、その時の気持ちが蘇った。 家で飲むビールとこれほど味が
違うのか? と思うほどの正に カ・イッ・カ・ン、快っ感!

おもむろに、手作りの小スピーカー(FOSTEX 12cm シングルコーン・フルレンジを配した、バスレフ)の説明
から始まって、Beatlesのエッシャーデモ版のレコードをターンテーブルに置く。(この日の音楽は、ほとんどがレコード)
当然アンプ(Luxman)のスピーカー切り替えスイッチは、12cmフルレンジ。針がレコード盤に降りたとたん、
相当音に五月蠅い私も、「エッ、でもない、アッでもない」声に出ない衝撃を受けた。横に居た、Beatles博士の福嶋君も、
ポカ~ンと口を開けた状態。12cmの小さなスピーカーから、適度な音圧と、音域が素直にフラットで、プレゼンスが
良い音が流れ出て、Beatlesの肉声が生々しく聞こえる。聞こえる、ではなく、音が見える。良いピックアップとアンプに
支えられ、レコードの録音も、スタジオではない自宅のようなところで、よい機材を使っているのかも知れないが、
それにしても、この「小さな実力者」には感服した。横にある20cmフルレンジ+スーパートゥイーターとも聞き比べたが、
遜色なく、むしろ12cmのほうがリリシズム溢れている。福嶋君は、好きなBeatles初めて聞く「見える音」で、
感動した様子がありありと分かる。高本君と、12cmの評価、バスレフの効果など説明したが、うわの空で曲を聞き入っていた。
いや~しかし、まいった、まいった!思わぬところで、未知との遭遇。

その後は、予定通りキースやピーターソン、ウェス など聞き継ぎ、音楽論議に入った。それも、すべて12cmで聞いた。
私も持っているレコードアルバムだが、12cmで聞く聞き慣れたアルバムは別物に思えた。

オーディオと音楽の話はこれくらいにして、他の話題を書こうと思うが、歯が弱くなった、、、
インプラントは良い医者でないと、、、、高鍋君のリコーダーでの生演奏、、、、ジョン・ヨーコでBeatlesは変わったが、
ヨーコは他のメンバーにとって「邪魔者」だったのか、、、、高鍋夫妻がアビーロードに行った時の写真、、、、
高本君の飛行機の話、、、、フイルムカメラの話、、、、あまりにも沢山の話題で時間を過ごしたので、すべては断片的で、
よく覚えていない。ただ、面白いものを見た。高鍋君が、子供からプレゼントされた、「炭酸水」を作る器具。ペットボトルの
ような入れ物に水を入れ、器具に差し込んでスイッチを押すと、炭酸が注入され12秒で炭酸水が出来上がる。お陰で、
ハイボールを飲み過ぎた。庭でライトアップされた紅葉を見ながら(写真にも少し写っている)、夫人手作りの炊き込みご飯と、
美味しい味噌汁を食べたところでもう夜の8時。飲み、食べ、聴き、語りながら8時間も過ごしたことになる。楽しい時間は
過ぎるのが早いし、話は尽きない。またの機会を約束して、お暇することにした。

途中、ボケ防止の話もしたが、こうして友と語らう事が一番のボケ防止ではないだろうか?と、帰りの電車でしみじみ思った。
コロナよ、早く立ち去れ!

 

      
 
編集後記掲載後、高鍋君、福嶋君からの便り。
高鍋君:(お宅に伺う前に、皆さんが来るまで、庭の紅葉が残っていてくれと祈っていたらしいが、見事に美しい
     もみじが残っていた。

     庭の紅葉は、皆さんがお帰りになった後、力尽きたように一気に散ってしまいました。  
     ※ まるで、オー・ヘンリーの「最後の一葉」みたいだ。我々の為に必死で残っていてくれた紅葉(もみじ)に乾杯!
福嶋君:いやぁ~、早速の掲載ありがとう。味わった感動をそのままに書いてくれて感謝です。私も記事そのまま
    の感想です。恥ずかしながら「音を見る」感動を初めて
味わい、今も余韻が残っています。
    金はなくとも身近に贅沢は、転がっているんだなあァ~と思います。皆さんと会うと、色んな事が新鮮
    です。今まで自分は何をしていたんだろう?と時々思います。テレビの流行言葉ではないけれど、
    「ボーッと生きていたんだなァ!」とね。ま、それも幸せな人生を過ごしていたのかもしれませんね。
    この歳で味わう新鮮さを大切にしたいなと思う今日この頃です。また新鮮さをよろしく。
     
     
 ※同期との語らいを通じて知る、驚き、新鮮さが、ボケ防止の最大の手段だね。 



第29便

WEB飲み会???

ここ一週間の数人でのメールのやり取りが、まるで飲み会で話しているようなテンポで楽しかった。そこで、飲み会の会話のように
編集して見た。WEB飲み会と思って、楽しんでくれれば嬉しい。

Tさん、
HPの飯田廣美さんの写真、懐かしか~! 川邊さんの古い写真も、男子たちはもともと知らない人達が多いけど、
初めの写真よりずっとクリアになっとる。奈良の旅行記、宿の当主とのやり取りが面白い。皆さん楽しそうですね。
高いところが好きなのでロープウェイ乗りたかったな~。
川邊さん幹事のもと、素敵な旅行になったようですね。
HP、以前に増して充実して来たね。

Y君
『高いところが好きなのでロープウェイ乗りたかった。』
数年前にI君、F君と三人で台湾を『故郷歩こう会』の様に、台北人の市井の民の様な旅をしたよ。公共交通機関、
普通のホテル、普通の食堂、健脚に物言わせる等と想い出に残る旅行だった。その折に、高くて長ーい長ーい有名な
ロープウェイ
に乗った。F君と小生は、もうこりごりと言った。I君は最高! 又乗りたいと。高本君やI君のような
飛行機好きは全く違う。小生は高一夏休みに立てた日中友好商社を創る為に、A社の創設に係わり、日中国交回復の
第一人者で又周恩来総理の長年の親友だった岡崎嘉平太さんに憧憬の念を抱いた。それで受けて入社した。要するに
小生は高所恐怖症だ。あの高い長ーい長ーいロープウェイの名称・場所は"???"、何やったかいな。

F君
猫空(マオコン)だよ。イヤーあの旅は楽しかったねェ~。下が見えるゴンドラに並ぶ気はしなかったね。熊本の
通潤橋に行った時も、I君みたいに柵がない端に立つ事は、足の血の気が引くのがわかって出来なかったよ。
相変わらずの高所恐怖症です。I君と高田君は平気だったもんね。あの台湾旅行記を完成させなくてはならんなァ~。
途中の2日目まで書いている。もう記憶が曖昧だ。今度帰省したら何とか最後までたどり着けるよう頑張ってみるよ。
二人に確か途中までのを、1回送ったような気がする。曖昧だが。

Tさん、
高所恐怖症の件、了解(?)した。先日、元パイロットの高本さんと関家に行ったとき、タモリの飛行機嫌いの話になり、
あんなに重たいものが空気に浮く、ということが信じられないと話題になった。パイロットはしていたが高本さんは自分も
飛行機が飛ぶのが信じられない、実は高所恐怖症?!なんだって。今までに会った高所恐怖症は、あくまでも私の主観だけど、
男性に多いかと感じます、あくまでも私の主観。ずっと前に女性のKさんと私を九重のつり橋に連れて行ってくれたH君、
高所恐怖症で吊り橋は嫌いなんだって。飛行機が飛ぶ原理は説明されてもわからないけど、小さい頃から高いところが好き。
夢でよく崖から落ちる夢を見てました(背が伸びるとき、ときいていたが最近TVで、それはないらしいが、、、)。

T君
私も、高所恐怖症だよ でも飛行機は好きだよ。高所恐怖症は、自分が頼るものが無い、自分が落ちるかも知れない、
「深い遠くの低地に吸い込まれそうな感覚になる」そんな所は大嫌い。東京タワーの展望台の、床がガラスで出来ているところ、
ニューヨークのエンパイヤ―ステートビルの最上階で、手すりから首をだせて下が見えるところ、高いつり橋で下が見えるところ
、、、、、お股がずんずんしてくる。嫌だ!

くれる安心感があり、窓から見える下界は壮観! だから高いロープウェイも大丈夫。
私は船会社だったが、飛行機はなんであんな重たいものが飛ぶの、、、という疑問と同じような疑問は、船の場合は
「超大型船」を見ると少しは思うが、飛行機の時ほどは思わない。それは、小さいときから手漕ぎボートや小型船舶に
乗りなれていると、「浮くことが当たり前」という前提が有るので、ついつい疑問視はしない。飛行機は小さいときから
「見上げて、すごいな!」と思う存在だったので、「乗った体感」が無かった。

だから船より疑問が多かった。もしかしたら、今の子供たちは、何故あんなに重たいものが飛んだり、浮いたりするの 
という根本的な疑問を抱く度合いが少ないのかも知れない。飛行機も船も どちらも「浮力」なのだが、普通はそんな事は
考えないよな。 詳しい飛行機の事は高本君に聞いてくれ。

浮力を根本原理にしている飛行機と船に共通している事があるけど、知っとる?。それは、巡行しているとき、「どちらも、
自動車のようなブレーキが無い」と言う事。

飛行機は「回避行動」しかないが、船も「回避行動」とスクリュー(業界ではプロペラ)の逆回転はあるが、大型船だと
止まるまでに数キロかかる。

次に、機長、船長の命令は「絶対!」と言う事。全権を預けているので、機長、船長の責任は重い。韓国のセウォル号沈没の時の、
真っ先に逃げ出した船長を知った時、業界としては「言葉が見つからんかった」唖然と口を開けているしかなかった。海では、
救難信号を受けたら、会社にどんなに損失を与えようが、どんなに急ぎ、密命であろうが、船長は救命の為に進路を変える、
これが海のルール。

Tさんが、なんで高いところが好きか分からん!崖から落ちるような夢で、背が高くなったと? 背は高くなりたかったけど、
そんな夢は勘弁してくれ!

台湾の 高い、長いロープウェイの名前「猫空」(マオコン)で思い出したが、いま中国でトップの通販サイト・アリババの 
サイトの中国名は天猫(ティエンマオ)と言う。11月11日の独身の日では、一日の売り上げが、トヨタの1年分の売り上げを
超えてしまう。私はそのサイトの国際E.コマース「天猫国際」(TMALL GLOBAL)の絡みの仕事をしていたので「猫空」の言葉に
反応してしまった。

しかし、この中国の猫は「普通の猫ではなく、パンダ」のような気がするのだが、、、、因みにパンダは「熊猫」なのだが、、、、
台湾は普通の猫かも知れないけど、、、、 猫は高いところなんとも思わないだろうね、それに名前もなぞらえているのかな。
中国語に強いY君の蘊蓄は如何に

そういえば、先日福岡天神を逃げ回っていた猿も高いところを平気でひょいひょい逃げ回ってたよね。60年前に、天神のビルの
上を飛び回って居たのは「ラドン」だったが、、、、

ところで、Y君、F君、台湾の猫空ロープウェイは何処にあると私も台湾で仕事をしていたが、行ったこともないので。因みに
私は高雄と台中が大好き。
しゃべり過ぎて喉が渇いた!

Y君
台湾の旅はだな~、宿泊は三徳大飯店(台北市)2/18猫空纜車(ロープウェイ)4.5km 2/19烏来(小川源温泉)、雲仙楽園(登山した所)
夜の台北散策 2/20北投温泉街散策だったよ。I君は上述のA型の代表、過去の記録も記憶もほとんど残らない、残さないO型の小生、
B型代表のF君と、金子みすゞ『私と小鳥と鈴と』の「…鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」の通り
再度台湾の旅行を催したい良か庶民の旅だった。

F君
ウンウン、地下鉄で気ままにウロチョロしたのが楽しかったねェ~。あのフレキシブルな感が良かった。ツアーバスでは味わえない
自由さが何とも言えない。Y君が日常会話がわかるから出来たんだね。助かったよ。台湾は、親日的で行き易すかった。

Y君
そう言えば、昨日、「カニツァー」催行中止の連絡を受けた。それと、スナック「風子」の本年末で引退の旨を告げられた。
この一か月「風子」に三回行ったけど、お客さんがおらっしゃれんやった。「おおとり」だけが、同世代となったね。
寂しかねー。以下の通り、参集できる人は宜しく。
1218(金曜日)1700 「おおとり」1900 「風子」、「惜別の唄」ば歌うばい。 

I君
風子閉店は寂しかね、バスツア中止と「おおとり」1700集合は分かった、参加するよ。

F君
五郎丸も引退するらしいし、引退する年頃だね。まだ現役で頑張っている人達が羨ましい限りです。唯一の寛ぎの安価スナック
でのカラオケが無くなるのかァ~。残念だね。行かれんけど、ママさんによろしく伝えてよ。私の分も唄って来て。その日は、
自宅で独りカラオケやって参加するよ。

H君
カニツアー中止か、分かった。12/18()は、帰福している次男との夕食の予定があるんで、残念やけど、欠席する。
「別れがある」から「新な出会い」もあるっちゃなか?
 75 Senior stage に向かって元気に挑戦せんといかんよ!

※編:飲み過ぎたかな? Web飲み会でも、少しは酔えるかも知れない!




第28便
岩本くんから、第26便へのコメント

第26便、関君を中心に、福岡の今を生きる(小料理屋 ぬくいの件)の記事に対して、珍しく岩本君からコメントが来た。

小料理屋 ぬくい

鳩宿君のお品書きは十分に分かったし、田所さんのご飯をよそおうのも理解した。商売柄(ホテルマン)、
最初の前菜と締めの最後の食事、麵・ご飯類は最高のものを出すように料理人に指示してきた。途中の料理は、
皆酩酊してきて会話に乗り、肴は余り注意していない。だから料理人には最初と最後に集中するように喚起していた。

寄川君から、角打ちでの岩本君との会話

TVが格段に安くなった。4,8Kの最新式を求めねば安く買える。TV番組もクイズ番組を中心に面白いのがなかけん、
大型画面は要らんね。肌も鮮明に見えん方が良か。小生が、20年前に70万円の"B&W"のスピーカーを購入して、
今は200万円を越える価格に成っているとBest電機の担当者からの話をした。岩本さんの-ホテルホールに日本製の
Vのスピーカーを設置したが音が割れてお客さんからクレームが有った。担当会社は直せなくて、結局個人会社に
修理依頼して1,000万円を掛けて"B&W"を設置した。お客さんの評判がやっと良くなった。小生が、高本君が真空管でアンプを
こしらえていて、今じゃ100万円以上もする代物で凄いと言った。岩本君から故今井君は、ドラムを叩いて自由人でスピーカー・
アンプ・プレーヤーを全て自分で組み立てる本格的マニュアだったと。

プールのおばさま達にとって岩本さんはアイドルで、挨拶されているのに、眼鏡をはずしているので全く気付かん。
小生が教えてあげて、挨拶している。

今、福岡マラソン、有力選手が居ないので興味が薄れる一方、福博の故郷の移り変わりを見れて最高、最高、幸せ。
※編:岩本しゃん、コンタクトにして、プールでは競泳用の水中眼鏡をしたら、おばさんたちの実像が良く見えるかも。あっそうか、
見えない方が良いのかも知れんな。 こんな事言うと、同級生の女子達に怒られそうだな。




第27便
明日香路散策と葛城山 感想記 福嶋君

関西の秋の例会、東京から参加した福嶋君が感想記を送ってくれた。東京からは高鍋夫妻も参加したようだ。
関西のページには、幹事の川邉君から別に報告がもうすぐ記載されます。そちらもご覧ください。
写真はおそらく福嶋君が撮ったのだろう、彼自身が全く写ってない(笑)

1127日~28(金・土)コロナ第3波の最中ではあったが、幹事(川邊)さんの心意気で開催された関西班主催・
秋の例会「明日香路散策と葛城山宿泊ツアー」に参加してきた。参加者は8名(川邊、青木、篠原、安永、本吉、
高鍋夫妻、福嶋)。快晴の中、新幹線で京都に向かう時に、富士山が頭だけ笠を被ったようになっていて見事な形を
していた。写真では見たことあったが、実際に見たのは初めてだった。綺麗だ。

           

近鉄京都駅で、高鍋夫妻に会う。11時に橿原神宮前に集結。本吉君は、博多から事前にフェリーにて神戸に行き、
娘さん宅より参加。この前まで博多にいた安永君は日帰りだそうだ。まずは、青木さんが待つ橿原ロイヤルホテルにて
オータムランチを楽しむ。メイン料理にすき焼きかステーキのコースだ、年金生活者が昼からこんな豪華でよいのだろうか
と思いつつ、でも旨いっツ。


    

そこからは川邊君と青木さんの車に分乗して、川邊君がいつも初詣に行くという「談山神社」へ。ここは、飛鳥時代に
中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌足)が藤の花が盛りのころ‘蘇我入鹿の暴虐をいかにせん‘と
多武峰(とうのみね)裏山で談合したという処だ。これが俗にいう大化の改新なのかな?。
そうだよ!

      

      

御本殿は、極採色模様や花鳥の彫刻によって装飾されていてとても鮮やかな造りです。陳列棚には、談合や入鹿殺害を
描いた多武峰縁起絵巻が公開されていた。
その後、鎌足が没してその子等にて遺骨改葬し、十三重の塔と講堂を建立した
そうである。木造十三重塔としては世界唯一で高さ
17メートルの檜皮葺きでこの神社のシンボル的な存在だそうで印象的
だった。紅葉が奇麗な時期で素敵だ。



                         

続いて飛鳥歴史公園に向かい、キトラ古墳を見学。‘四神の館‘に入る。(無料:これだけの資料館が無料だ、
さすが奈良だねェ~。)古墳の石室内には、四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)十二支、天文図、日月の壁画があり、
日本で四神の壁画が揃うのはキトラ古墳だけらしい。天文図は、本格的な中国式星図としては、現存する世界最古の例
だそうである。
外に出ると、円盤がめり込んだような古墳があり、特別史跡になっていた。

      

ここから甘樫丘展望台に行く。途中、鬼のまな板、鬼の雪隠、亀石、マラ石、石舞台古墳など色々と見るところはあったが、
時間の関係で割愛し現地に向かう。セブンイレブンは、奈良らしい建物で、教えて貰うまでわからなかった。

  
          何だか駐車場の「飛鳥」ナンバーがかっこ良く、皆で噂になった。他は奈良ナンバー。

  

     

ちょっと登るので、青木さんは駐車場にステイし、安永君はマイペースで歩いた。展望台からは、金剛山や生駒山系、
近隣の名所山がよく見える展望だった。
安永君、疲れて座る。この後、リックを忘れそうになる。駐車場に戻り、
飛鳥駅まで日帰りの安永君を送って、我等
7人は今夜の宿泊先「葛城高原ロッジ」に向うべく葛城山ロープウェイ乗り場へ
向かった。辺りは暗くなってきたので先を急ぐ。最後の交差点の名前が「櫛羅」???読めない。
KUJIRAと書いてあった。
またひとつ賢くなった。(直ぐに忘れるだろうがね。)

葛城登山口駅に最終便出発5分前に到着。ギリギリ間に合った。もし乗れなかったどうなった?と川邊君に聞いたら、
「一時間半くらい登れば着くよ。」だと。えェ~¿と絶句。
6分位で山頂駅に到着。ここからが問題だ。更に暗い道を15分歩く。
何だか街灯が少なく、えらく遠く感じた。高鍋君が荷物を重そうに引いていた。明かりが見えたと思ったら、自動販売機だった、
力が抜けた。少し遠回りをしながら宿に到着。

       

宿の責任者が、色々とマスクと検温を確認し、注意事項を話す。国民宿舎らしく、言うことが偉く固い。部屋に行き少し
ゆっくりして夕食だ。早速、女性陣が部屋にカギを忘れて閉めてしまい、さっきの責任者に「あれほど注意して下さいと
言いましたよね。」と怒られたそうな。それからその責任者は、女性陣に受けが悪かった。
夕食のメニューは、川邊君が
「かも鍋」を注文しておいてくれた。葛城山麓で飼育された国産の合鴨で名物らしく、肉も多かったし、だし汁も旨かった。
これは正解だ。
食事が終わってからは、部屋でこっそり持ち込んだ酒で二次会だ。

皆、話題が豊富だ。さすが筑高だなあと感じ入る。何を話していたかは、覚えていない。(ごめん、酔って半分寝ていた。)
人の悪いところは覚えているが、自分の悪いところは覚えていないのと一緒だ。

次の朝、早起きになった男性陣は、みな朝風呂に入ってまったりする。昨夜は、山の上で風の音がずっと鳴りっぱなしだった。
そして冷える、窓ガラスが曇っている。朝食後、サービスの珈琲を飲みながらゆっくりする。川邊君がスマホでの
GoTo
キャンペーン対応操作に四苦八苦して精算をしてくれたので、安く済んだ。

その後、青木さんを残して、みんなで一緒に山頂まで行った。なんと山頂には標識と昔懐かしい赤いポストがあった。大和盆地、
大阪平野、金剛山、奥吉野、生駒山系と
360度のパノラマが見える絶景だ。川邊君が連れてきたかったわけが分かる。
若い山ガール二人組の女性に記念撮影をお願いした。下から登ってきて
1時間半かかったそうだ。(昨日、ロープウェイに乗れて
よかったァ~。)なんと一人は、博多の警固の出身だそうだ。奇遇だね、世の中狭し。

              

記念撮影をした後、宿を後にしてロープウェイ乗り場へ。明るいせいか、昨夜より近く感じた。前に通った事があると近く
感じると聞いたがホントだ。女性陣は、途中から精算ミスの連絡で追いかけてきた宿の責任者の車に乗せてもらったようだ。
運転が荒く、凄い揺れだったと、やはり最後まで受けが悪かった。下りのロープウェイからも景色は絶景だった。

精算機工事中の駐車場からは、車二台で法隆寺に向かう。参道の土産物屋に駐車して、大阪組を残して中に入る。

 

 

西院伽藍にて五重塔などを見て、大宝蔵院の百済観音堂、夢殿がある東院伽藍を巡り、再び土産物屋に戻って昼食。
「柿うどん」なるものを食べた。名物らしいが、「名物に旨い物なし」そのままだった。法隆寺は
25年ぶりだったが、
ほとんどはじめてに近い感じだった。コロナの影響で、観光客が少なく、ゆったりと見学できた。いつもなら参道から
混んでいただろうなァ~と思う。ここで川邊君が帰るので、篠原君、本吉君も同行して解散となった。

我等は、この後青木さんに唐招提寺、薬師寺を回って貰い見学した。唐招提寺は、落ち着きがあって素晴らしかった。
我ら世代好みかもしれない。

    

今回も、川邊君には何から何までお世話になり感謝している。おまけに奈良漬の土産まで頂き、更に感謝。旨かった。
青木さんにも車を出してもらった上に、和歌山のミカンをお土産に貰った。とても甘かったです。篠原君や安永君にも
お付き合い頂きありがとうございました。本吉と博多で、高鍋夫妻とは東京でまたお会いできると思っています。

    またしても「古来古稀まれなり」を祝いつつ、大和路情緒を味わう。

    ホテルランチ、鴨鍋など「安くて美味しい奈良」を満喫。

    パノラマ広がる古き良き飛鳥の里や古墳群で歴史散策、そして良き友に感謝。

ひとえに関西に根を下ろして頑張っている筑高の友がいてくれるからである。

良き思い出をくれた友に感謝感謝。 

                                  福嶋記 


※編:福嶋君ありがとう。明日香という「知っていても、なかなかこ訪れる機会の少ない名所」を気心知れた友と楽しむと
言うのは、これからの我々世代の人生の楽しみ方の一つだね。これからも機会有る毎に投稿お願いします。
幹事川邉君からの掲載も楽しみだね。













第26便
関君を中心に、福岡の今日を生きる

君から

今日を生きるとは・・・
日々生きていることを自分の不自由な体で感じている。そして70歳の今、家族の助けの中自分と向き合いながら、
何を成したかを考える今日この頃。70歳のこの一節、新たな人生の目標を掲げ走りだそう。

そんなある日1通の手紙が届く。小料理屋「ぬくい」の開店案内状である。昔よく通ってた「岡ぽん」関係者の店だ。
「岡ぽん」・・・風ある時はかぜに酔い、花ある時は花に酔い、酒ある時は酒を飲む。私の好きなそんな洒落た文句が
書いてある小料理屋があった。白い割烹着が似合う品のいいおかみさんがいる小料理屋があった。酒は料理に
でしゃばらない新潟の緑川が似合う小料理屋。それが「岡ぽん」。人生の目標はなんだろうか・・・酒か山形の雪漫漫か十四代か


 よし、明日は久しぶりに飲もう!

明日はどんなお店だろうか?体に良い「発酵」をテーマにした料理を提供するとの事。店名「ぬくい」とは…おまかせコース7000円を半額とのこと。
場所;中央区草ヶ江1-1-9 401-0564 地下鉄六本松より徒歩5分、私を含め8人参加予定 

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関君、覚えて居るかな、君が関東2018年志士の会に、はるばる参加してくれた時の事、(以下はその時の掲載)

私の人生訓は「男は常にロマンチストであれ!」だったのですが、このごろは 無病息災から 「多病息災」で
頑張っております。ここでフランスの詩人ベルレーヌの詩を朗読したいと思います。(お~~っ!)

堀内大学訳 関とみあき編訳で

                    「雨」

                          巷に雨が降るがごとく わが心に涙降る

                          いかなればかかる悲しみが 

                          わが心の内に進み入りし

                          地に響き 屋根に音する 

                          しめやかなる雨の音よ雨の調べよ

                          わが心は何がゆえに憂うとも知れず

                          ただ訳もなく悲しむ悲しみこそ

                        悲しみの極みと言うのであろうか

                          愛するでもなく憎むでもなく 

                          ただ無量の悲しみがわが胸に宿る。

 (拍手、拍手)

      後の関君からのメールにこう記されていた。
ヴェルレーヌの訳本家は多数いるが、僕は堀口大学の訳詩が好きです
漢詩にあるような平仄のリズムがあり、そして五七調のリズムの日本語を思うがままに縦横無尽の表現力がある。

※編:体が不自由でも、いまだ心が自由である70歳は、新たな人生の目標を持てる!強く心に響く想いをありがとう。
まだまだ、ロマンチストであれ!
白い割烹着のおかみが居る小料理屋、風に酔い、花に酔い、酒に酔う、竹林の7賢人を想い起こさせる、
そんな現実を私も夢見る。いいなあ~~~。いいなあ~~~。


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閑話休題

これを知って、仲間から
岡ぽん「ぬくい」の噂を聞いた寄川君、岩本君は、プール、角打ちの後、本来は二人とも帰宅だが、珍しく岩本君提案で、
名物の皿うどんを食べる事に成った。その際に、岩本君が珍しく「六本松?の岡ぽんの報告がないね」と言っていた。、
岩本さんへの報告方宜しくお願いしますと寄川君から要請があった。
※編:同じ福岡に居ても、仲間うちの情報共有は必要且つ嬉しいものなんだな。よかよか、

小料理屋「ぬくい」の報告
上記の要請を受け、参加者の一人である鳩宿君から詳細な報告が岩本君・寄川君へ発信された。それを皆と共有する。

寄川さん、岩本さん 日本料理「ぬくい」(六本松のおかぽん?)のミニ報告します。どこがミニじゃ!
参加者 関夫妻、高本、稲永、小西、田所、鳩宿、の7名で、17:0019:00? 鳩宿15分遅刻。料理のコースは、
糀コースで、胃にやさしい食事でした。


      「ぬくい」店正面
      
                        新たな人生の目標持っての、70歳のVサイン!

先付、酢の物、炊き合わせ、本日のおつくり、蒸し物、揚げ物、焼き物、お食事、甘味と、9種でした。
久しぶりに、旬の季節を大切にする、供応料理の本膳料理をいただきました。素材、器、盛り付けが、どれも、
素晴らしく、量的にも、小食の岩本さん
Clearしますよ!

特に『料理とおもてなし』は、
【ごはん】テーブルでの竃ごはんで、お米が立っててうまかった。高本さんが「おかずなしでも御飯だけでも
美味し食べれるよ」と言うほどでした。
美女が盛ってくれたけん、美味しさ倍増!

     
   
【炊き合わせ】
豚バラ肉、蕪、ミニトマト、菜の花、生麩(柚木味噌)の大皿の器と盛り付けにも工夫を凝らしてて、
美しを感じた。
食後、器の底にある葉っぱの絵、気が付いたかな?

                  
 
【蒸し物】
お出しプリン、松茸、カボス の茶わん蒸しは、季節を感じ、耶馬渓の大きいつの字鱧の茶わん蒸しを
思い出したよ。


                        

先付から甘味迄9品すべて、季節感を重んじ、素材の持ち味を生かし、見た目の美しさを大切にしていて、すごく満足できる
会席料理でした。
強い香辛料をあまり使ってないので10倍カレーの辛さが苦手の岩本さんClearですよ!

店内に入る前、体温と消毒をさせられ、テーブル席でしたが、空間もあり、ディスタンスも取られて、コロナ対策ばっちりでした。
サービスも若くてかわいい女性でしたが、料理のタイミングもよく、【揚げ物】も、さつま芋と蓮根の天婦羅がホクホクで
Very Good!。これも岩本さんClearですよ!。

担当の若い女性が、関さんが車に乗るとき、ズボンの後ろをもって、うまくホイと乗せてくれた。看護師をやってて、
慣れてますとのことで、さっぱりとした対応に感心しました。

『酒』
純米の七田(佐賀)稲永さんが最初の酒をチョイス。あとは流れで、独楽(福岡)。フルーティーな東洋美人(山口)。
キリっとドライな辛口伯楽星(宮崎)、蔵雑(和歌山)、最後に軽い飲み口でスッキリ仕上で八海山大吟醸(新潟)で締めました。
全て
2合で合計1升と4合。料理を引き立てる、軽快で、優しい、うまい日本酒でした。これは、岩本さんTrainingビールもも
ちろんありますよ!これは岩本さん
Clearですよ!

『支払い』
オープン記念で、コース料理が7.000円が、半額。あとビールと酒で 一人5.500円出し。

『小西さんの一言』体にやさしく、料理が繊細で、おいしかった。そのうえ今回は半額記念でラッキー!

                  

 このお店「ぬくい」は、
表の看板のシンボルマーク「米」、と「竃」が、原点だと思う。こだわりがすごい!お米の3県産別の羽釜ごはんのメニューがあり、竃も、
悪戦苦闘しながら
3点とも特注品で、お米が踊りながら吹き上がり、ふたを開ければ立っている。糀を取り入れ滋養効果満点の料理 
(お店のコンセプトは、明日が元気になる糀発酵和風料理店かな)

器は、長崎の波佐見焼が中心で、色とりどりの器を楽しみながら、ゆっくりと旬の料理を味わえる。
一言でいうと、「みんなにっこり、おいしいごはん」かな。 

博多に来られたら、「老を忘れる」美酒佳肴のお店案内人 関 富昭に、ご連絡を!お待ちしております!

※編:関君の70歳の新たなパワーと、白い割烹着を彷彿とさせる、美食、美酒、若いしっかりとした女性店員、ここには、
何も足さない、何も引かない、そのままで極上の世界が!譜代、親藩のこの饗応を見て、
外様は只々、指か下唇をかむしかないのか?それでも、もっともっと故郷の香りを沢山送ってくれ!友の笑顔は良いものだ。